ヤツとダルマドール

 はるか昔に中央警察を引退した私に属州刑務所から呼び出しがきた。私宛の荷物があるという。旅の支度をしつつ、ヤツのことを思い出す。
 最初に配属された駐屯地での治安業務で初めてヤツと遭遇した。岩場ばかりの荒地を高速バイクで飛ばし逃亡中だった。狙撃や砲撃を巧みにかわし、峡谷の向こうへと消えていった。安全だが長い道と危険だが追手から差を付けられる道があったとしたら後者を選ぶ。こちらは公的機関である以上無理はできない。そうやってヤツは何度も我々を出し抜き、運び屋としての名声を上げていった。
 やがて中央に移動となった頃にはヤツも辺境だけではなく他の属州にも現れるようになった。いまや高速バイクだけではなくあらゆる乗り物を使い、懸賞金も上がっていった。そして私が装甲車で暴動鎮圧に参加していたときにヤツは初めて中央に現れた。鈍重な装甲車ではなにもできず、我々と暴徒の間を走り去っていった。その時、ヤツと目が合った。名もなき民衆とたまたま目が合った王のまなざし。漠然とした思いが行動に移ったのはその後だった。私は中央鎮圧機動隊に転属願いを出した。
 それからの日々はあまり記憶にはないが、私の異動は通常のキャリアからは異例のものであり、また昇進の早さも異例なものであった。そして中央機動隊長としてついにヤツと対峙することとなる。もうかつての私ではない。中央都市群の要所々々に部隊を配置し、逃走経路を塞ぎ追い込んでいく。より危険な選択肢がヤツのルートだ。追跡の終盤、私の機動車がヤツの高速ビークルを閉鎖された大通りに追い詰める。そこは無人のはずだった。人を避けきれなかった高速ビークルが大きく姿勢を崩して表示塔に激突し、追跡は終わった。
 ヤツはこれまで逃走中に人命を奪うようなことはなかった。ヤツは高速ビークルから這い出し、犠牲者の細い腕からこぼれ落ちたダルマドールを握った。私も道路に降り立った。ヤツと目が合った。それが、私にとっても最後の事件だった。
 岩場ばかりの荒地にある属州刑務所に到着した。担当者と会話する。ヤツはその後、警察病院に運ばれ、快復後にこの属州刑務所へ移送された。しばらくののちに重点刑務所へ移送されたが、そのときにこの荷物を私宛に託したという。立ち会いの元、ケースを開けてもらう。そこにはきれいに修理されたダルマドールがあった。最後の事件の後にヤツが握った犠牲者の所有物。ヤツは重点刑務所に送られたので面会できないし、もはや生死も不明だ。だが私のやるべきことは伝わった。ダルマドールの持ち主と縁のある者を探して渡す。これはヤツと私の二人で行わなければならない。ケースを受け取り私は属州刑務所を離れた。

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