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「Gペンパンク大学生」第1回 大山海

2015年、第17回アックスマンガ新人賞佳作入選。本誌誌面で連載中の期待の新人、大山海がお贈りするおかしくも哀しい!? 青春のエッセイ!

第1回 僕たちの女体体験記

十八歳でアックスからデビューした新星とは何を隠そう僕のことで、最近ではガロ系漫画界の羽生くんと呼ばれたり呼ばれなかったりしている。お陰様で一年ちょっと経ち、後一か月で二十歳になる。進学の為奈良の親元を離れ、現在は西だか東だか分からぬ西東京という名の土地に住んでいる。借金をして飛び込んだ芸術大学では、なぜか文芸を専攻している。

アックスは原稿料が出ないので、親の仕送りのみで生活している。新宿の出版社までの交通費が無いときには、知り合いに千円を借りることもある。返さないまま黙っていたのだが、当たり前だが返せと言われ情けなかった。こんな邪な考えが浮かぶほどには、最近は精神から堕落している。布団の上で天井を眺めていると、いつの間にか夢の中。西陽が眩しくて目が覚めれば、もう街は暮れている。大学がある日などは、まあ一回ぐらい授業に出ないでも大丈夫だろうと高を括る。次の日も寝過ごせば、やっちまったと後悔し、まあテストで取り返せば問題ないわとまた布団に入る。気が付けばそんな感じで一年が過ぎ、ある日、学生課に呼び出され、戦々恐々、なんでしょうかと問えば、可愛いらしい女の事務員に笑顔でドンマイと言われた。どうやら二年生の中では珍しく五年生になることが決まってしまったようだ(奨学生なのに)。

ダメ大学生になってしまったが、類は友を呼ぶもので周りにはそんな奴らばかり集まる気がする。彼らは皆一様に、明日のことを考えない。悪い意味で「今」を生きている。パンクな奴らが多いのだ。そんな大学の人々とのことや、漫画関係のこと、色んなことが東京では起こっている。それらが発酵しないうちに何かしらで残したいと思った。いっぱしの物書きでもなく有名人でもないが読んでもらえると嬉しい。

さて話は変わるが、地球の人口も七十億人を突破した。このペースで行けば僕が還暦を迎える頃には、百億人を突破しているだろう。水、森林、石油、食料、資源物資は枯渇してゆく一方で、途上国では人口爆発、日本は少子高齢化。迫りくる災害。溶けていく南極北極の氷。中東では戦争、終わらない貧困。大国では富裕層の大統領が生まれ、国境に壁を作ろうなんて考えたりして、人種差別は止まらない。嫌な世の中になったものだ。 そんな世の中で、自分は何ができるのだろうか。僕は若い同年代の方に伝えたい、こんな世の中をかえてやろうぜ。夢をあきらめんなよって。ラブ&ピース。平和への願いを込めて、このエッセイを捧ぐ。ではどうぞ。

僕たちの女体体験記

「俺の金玉は、伸びきっているか」と彼は聞いた。

伸びきっていると答えた。そのとき、目の前には、男の陰部がだらしなくぶら下がっていた。秋雨が音も無く降る静かな夜のことだった。

それは唐突だった。遊びに来ていた同級のKはウイスキーを飲み酔っ払い、おもむろに目の前でズボンを脱ぎだした。Kは陰部を丸出しのまま、冷凍庫から氷を取り出した。なにやら危険な実験をすると言う。

「今から金玉にこの氷を当てる、そのとき、金玉がどういう動きをするか見ていてくれ」

なんでやねんと思った。ただ、ふざけているようで、彼の瞳の奥は真剣だった。少し、ふるえているように見えた。本気だった。何故そんなことをしようと思ったのか、彼の意図は全く分からない。その実験が、今後僕たちの関係をどう変化させるかも分からない。ただ、その情熱を恐ろしく感じ、従うしかなかった。

僕は眼を凝らしてそれを見つめた。他人の陰嚢をこんなにじっくり見るのは初めてだった。太く短い陰毛が、一本、二本、無造作に地面に埋まっていて、核戦争後の地球みたいやなと思った。象の背のようだとも思った。

彼はそれに、ゆっくりと氷を近づけていった。僕は息を凝らして凝視する。ゆっくりゆっくり近づいていく。そろそろ接触する……その次の瞬間、陰嚢は冷気を感じただけで、ピョコンと縮みあがった。実験はどうやら失敗のようだった。

その後、僕とKは寮の大浴場へ行った。この浴場では過去、排水溝に大便が詰まっているという前代未聞の大事件が発生している。釧路の村から単身上京し、野生児ぶっていたKであるが、意外にもこの事件の報告を受け、しばらく我が家から足が遠ざかっていた。久々にその浴場に足を踏み入れたKは、排水溝をなんとも言えぬ顔で眺めていた。

深夜の浴場には誰もおらず、ひんやりとした冷気が膜を張っていた。二人並んでシャワーを浴びていると、浴場は次第に蒸気で曇っていく。隣のKは、僕のボディーソープをグンッグンッとアホほど出して体に塗りたくっているようだった。

「おい童貞、女体を体験させてやろうか?」

一瞬、言葉の意味がよく分からなかった。が、そのとき浴場に童貞は僕一人しかいない。

「おう、体験させてくれや」

何も考えず答えた。
その頃、僕は実際、童貞だ童貞だとあちこちで言っていた。アックスの本誌を読まれた方はご存知かもしれない。新人漫画家代表として、僕は先輩漫画家の齋藤裕之介さんとわんこそば大食い対決という謎の企画をしていた。お互い大事なモノを賭けるという条件で僕は童貞、齋藤さんは改名を賭け、三号にわたりでかでかと「私、大山海はベンチウォーマーズの皆様に童貞を預けます」と広告を出して貰っていた。(勝負の詳細は「アックスVol.112」をご覧ください)

大学内でも僕の童貞は有名だった。周りの友人達はみな既に「経験」していた。彼らの高校時代や中学時代の甘い蜜のような「経験」エピソードを聞かされるたび、僕は悶々とし、自分の残念すぎる思い出を恨んだ。どうやっても戻れない制服時代に想いをはせて、家では布団に顔をうずめ、ときには抱きしめ、奇声を発し、悶絶し、拳を突き上げ、ベッドをぶち殴り、スプリングにばいんと弾かれ、呆然として終わるのだった。そんなエピソードをKは気に入っていて、毎回嬉しそうに童貞童貞とイジッてくるのだ。

ボディーソープで全身ヌルヌルになったKは、とりあえず好きな人を想像しろと言った。僕は少し考えて、可愛いと評判の先輩を想像することにした。

突然、Kが背後から抱きついてきた。こやつもしや男色か、と思ったがそうでは無いらしい。彼はしきりに女体だ、女体を想像しろと言う。僕はいわれるがままヌルヌルと乳首を触られながら、女体を想像した。そのとき、自分でも驚いたが、見えてきた。今、僕に絡みついているのは、紛れもないあの先輩の裸だった。先輩が、僕の身体を、あそこを触っている。下の器官が、かすかに反応したところで我にかえり、やめないか!とKをどついた。

「おめえ、半勃ちじゃねえか」とKが言った。屈辱的だった。
その後も、互いの肛門を見せ合うなどの、謎の遊びを繰り返した。明日のことを考えないようにしていたのかも知れない。時間だけはあった。気が付けば、大学二年生になっていた。

ところで何ヶ月かあとに、僕は童貞をあっさりと捨てた。(その話はまたいずれするとして)非童貞になったある日、Kと風呂に入った。もはや恒例となっている「女体体験ゲーム」をやることにした。

ヌルヌルになったKが触ってくると、いつもと何か違っていた。目をつぶって女先輩を想像しても、触っているのは紛れも無いただのアホだった。僕は確実に大人になっていた。それ以来、この遊びが行われることは無い。

イラスト/大山海

(つづく)


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