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「Gペンパンク大学生」第3回 大山海

2015年、第17回アックスマンガ新人賞佳作入選。本誌誌面で連載中の期待の新人、大山海がお贈りするおかしくも哀しい!? 青春のエッセイ!

第3回 しなやかな筒

上京した年の夏の夜、急にムラムラしたので、六千円を握り締めて池袋行きの電車に飛び乗った。電車の中、ネットで大人のおもちゃの情報を必死でかき集めていた。隣のおっさんに見られないよう隠しながら、スマホでオナホを探し続けた。

オナホールを、とても気持ちがいいものだと思っていた。年頃の青年には、「シリコン製の柔らかい穴」というだけでそそるモノがある。

そりゃ、モテモテの男にそんな穴は要らない。しかし、当時の僕にはそれが絶対必要だった。

高校時代、地元ではオナホを手に入れるのは難しく、憧れの存在で、手に入れるには、山を一つ越えて大阪まで出なければ売ってなかった。購入したとしても、実家暮らしでそんな怪しげなものを、親にばれないよう隠し通すのは難しい。

しかし一人暮らしならばれることは無い。偶然おばあちゃんから貰ったお金も余っているし、これでオナホを買おう!と決意したのだった。

ただ、買うにしても、エロ大国日本には、オナホ一つにも無数の種類がある。まったり系、ぶつぶつ系、刺激系……。

そのときは猛烈に何かが溜まっていたので、オナホレビューサイトで、刺激が強めと評価されていた星五つの「くノ一のオナホ」が欲しくなった。見つけたら買おうと決めた。

池袋に着くと、東口を出てサンシャイン通りへ向かった。サンシャイン通りでは若い女の子や、カップルをたくさん見かける。彼らとすれ違いながら「俺は、オナホを買いに行くのだな」としみじみ思った。

通りのはずれの雑居ビルの地下に、大人のおもちゃ屋さんはあった。細い階段の壁には「大人の階段く~だる~」と書いてある。異様に狭い店内はセクシーな雰囲気で、妖しげなカップルや、妙に背の高いおっさんが、淡いピンク色の光を受けていた。

オナホの価格はピンキリである。安い二百円くらいのものから一万円以上するものまで様々だ。一万円以上する「DXオナホ」はなんと穴の部分だけでなく、腰の部分まで再現されている。

オナホのパッケージには大抵、可愛い女の子のキャラクターが描かれているが、中には有名セクシー女優の写真が使われているものもある。

印象的だったのは、しっかりとした木箱に収められたものだ。「職人の手で一つ一つ手作りされた名器」と書かれている。達筆で「女陰」と書かれた木箱を見ると、どういう客層向けなのかと気になるが、なによりオナホ職人が存在することに業界の奥深さを感じた。確実にテンションは上がっていった。

お目当ての「くノ一のオナホ」はすぐに見つかった。パッケージに卑猥な女の子のイラストが描かれている。

問題だったのは、刺激系である「くノ一のオナホ」シリーズの中から、さらに細かく分類され、まったりタイプ、ノーマルタイプ、ブラックタイプの三種類が存在したことだ。星五つの評価だったのは、ノーマルタイプだったが、どうしてもブラックタイプに目を引かれてしまう。「ハード」ではなく、「ブラック」という表記が、なにやら危険な匂いを放っていた。

ブラックタイプの存在感は大きく、迷いに迷ったが購入することに決めた。忘れずにローションも購入し、おばあちゃんの五千円は消えた。帰りの電車賃だけが残った。

六千円があったのだから、今なら安い夜のお店へ行く選択肢もあっただろうが、根がピュアである僕にそんな勇気は無かった。風俗店へ行けばチューされると思っていたからだ。それまで、女の子と手をつないだ事も無かったので、チューに幻想を抱いていた。ぜんぜん知らない女の人に初めてを奪われたくないと思っていたのだ。

大人のおもちゃ屋を出た僕は、駅に向かって風のように走った。池袋のネオンが光の線となって流れた。サンシャイン通りを駆け抜ける僕の背中を、高層ビルが輝きながら見下ろしていた。俺は、オナホを買った。自分に言い聞かせた。ぐんぐん加速していった。

電車に飛び乗り寮に戻った。部屋に入り扉を閉めると、すぐに袋を開けた。焦りで指が震えた。途中、箱がビリッと破れたが、構わず取り出した。

それは、柔らく、しなやかな円柱で、ずっしりと重く、黒く、巨大だった。

一つの言葉が頭に浮かんだ。今後、末永くお世話になるだろうそれに、「大黒柱」という名前をつけた。

大黒柱には妖しげな穴が開いてあり、内部には縦にびっしりと細かいシリコンの繊毛がついている。指を入れるとズズズ……とシリコンが絡みついてきた。

イラスト/大山海

ふおおと小さく叫び、すぐに服を脱いだ。全裸になり、ローションがこぼれてもいいようにベッドにバスタオルを敷いた。AVを再生して、大黒柱にローションを注入した。僕の漢は、既に準備完了していた。

「こちら宇宙戦艦大山。ドッキング準備完了です。どうぞ。」

「こちら大黒。了解。ドッキング準備完了。カウントダウン開始。三十秒前」

などと言いながら(本当は言ってないけれども)ゆっくりと穴に侵入していった。

「……いたたたたたた!!!!!!!!!」

おもわず叫んだ。何かがおかしい。穴の刺激が余りにも強すぎる。

むりやり中に入れたものの、締め付けが強すぎるし、ザラザラして全然気持ちよくない。すばやく穴から自分のものを引っこ抜いた。なんやこれ。僕はそれをベッドに叩きつけた。

シリコン製の大黒柱は思いのほかよく跳ね、ブウンと低く回転してどこかへ飛んでいった。

泣いた。頭の中には泡と消えた六千円と、おばあちゃんの笑顔が浮かんでいた。

とりあえず激昂している器官を自分の手で慰め、そのまま寝た。大黒柱は目に見えない所へ置いておいた。その後しばらくは、二百五十円のオナホで済ました。

二十歳になって、あまりそういうものに興味が無くなってしまった。十八の頃の情熱はいったいどこへ行ってしまっただろう。

時折、部屋の掃除をしていると、部屋干しラックの下で、毛髪や埃にまみれて転がっている大黒柱を見かける。どこか、かなしい。二度と使うことはないので、ゴミ袋に捨てようと思うのだが、五千円の値段が頭に浮かび、捨てるに捨てられない。

どうもこのままでは不憫なので、洗面台でよく洗ってやり、棚の上に置いておいた。漆黒の光沢を放ちながら鎮座する姿は、異様な迫力によってその空間一帯にほどよい緊張感を生み出している。

よし、今後はインテリアとして使っていこう。と満足した。しかし、不安定な大黒柱は簡単に棚から転げ落ちてしまい、粘着質のシリコンがベタベタと埃やら毛やらを巻き取って、すぐにもとの無残な姿に逆戻りしてしまうのであった。

(つづく)

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