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💚13) 桜 空
この桜並木は 狭い坂道で、
ある時 誰もいないのをよいことに、
父が この坂のど真ん中に 車を停め、
両側の ドアを 全開にして
そのまま 一緒に
満開の桜🌸を眺めたことがあった。
散る花びらが車の中に
まで入ってきて
春が、心の中に
流れ込んでくるようだった。
・・・
父が逝ったのは
その年の晩夏だった。
もう、ひそかに秋の気配が漂いはじめていた頃で、
この木々で、夏に鳴いていた、
蝉たちのように、
夏の終わりと共に
その生涯を終えた。
生きている間、
私のよく知らない、
何か苛酷なことも
色々あったようなのだが
ひとことで言って
「何もなかった生涯」
といえてしまうような
軽やかな最期の旅立ちであった。
命の期限を知りながらも
共に最後の一年の
四季のすべてを
味わい尽くせたのは
最高の幸せだった。
父がやがて往くであろう、
極 楽 を
ひと足 先に
わたしも 味あわせてもらっているかのような
不思議な不思議な、
毎日の暮らし。
父が生き延びられるための
最大限の努力をしつつ、
ああ、よかった、
今日もお父さんが笑顔で生きている、と、
喜びで胸をいっぱいにしつつ
けれど
沈む夕陽の赤さにも、
散りゆく桜の
美しさにも、
今しかない
と
ささやかれつつ
生と死の狭間の一線上を
ただ ひたすらに走っていた
あの頃。
走り続けているはずなのに、
あまりにもぴったり
時の流れに寄り添っているからなのか
なぜか
時が止まっているかのような
浮世離れした
日々。
そんな異空間から眺める桜は、
一生、忘れられない風景となった。
いつか、わたしも
この枝の 隙間から 空 へと旅立つ、
その日まで
何度でも、何度でも、
この花を見たい。