この夏、本をめぐる旅 〜轢かれた仔猫と雷蔵とひとりの編集者〜①
本を読むことで何かのヒントを得たり、
ちょっと背中を押されたりすることがある。
今年4月に閉めてしまったが、金沢でBooks under Hotchkissという
アーティストの頭の中を覗く本屋兼ギャラリーを運営していた。
だから、その大切さと効用はわかっているつもりだったけれど、
このコロナ騒動が始まって以来読んだ本のうちの3冊から、
僕の想像をはるかに超えるものを受け取ることになった。
それは本によって長い旅をしたような感覚だ。
その感覚を残しておきたいので、ここに書いてみようと思う。
入梅前の5月、ちょうど緊急事態宣言が解除された頃。
表参道駅からオフィスに向かって歩いていたら
小さな交差点でうずくまっている女性がいた。
心配になり声をかけたら足元に仔猫が横たわっているのが見えた。
車に轢かれたらしく、もう目に力がなくなっている。
女性は泣きじゃくりながら動物病院に電話をかけていて、
3軒目でようやく連れてきてくださいという返事がもらえたので、
ちょうど通りがかったタクシーを捕まえて、西麻布の病院に向かった。
仔猫は僕の手の中でぐったりしていて、明らかに瞳孔が開いている。
タクシーの乗務員に土地勘がなく、歩けば10分以内で着く距離が
結局15分以上かかってしまった。
急いでタクシーを降りて医師に手渡したけれど、すぐに臨終だと告げられた。
その後仔猫は保健所に引き取られていった。
その日は一日じゅう仔猫の感触が手のひらに残っていて、
気持ちが晴れることがなかった。
次の日も何かが喉の奥に詰まった感じが続いていた。
でも、オフィスの本棚にあった1冊の本を偶然手に取ることで、僕は救われることになる。
その本のタイトルは『往復書簡カメオのピアスと桜えび』。
2011年に亡くなられた写真家有田泰而氏の妻雅子さんと清野恵里子さんとの
2年に渡るEメールでの往復書簡を一冊にまとめたものだ。
清野さんが訃報を受け取った日からふたりのやり取りは続く。
北カリフォルニアに住む雅子さんのその地での生活や、夫泰而さんとの思い出話、
京都の乾物屋の商品やお香のいいものがあったから送るねという生活まわりのこと。
そして、泰而さんの写真集を出版する予定だという話に展開していく。
それをまとめて写真集にし、写真展の企画を進めていくことになるのが、
泰而さんを師事していた写真家の上田義彦さんなのだ。
話は変わるが、僕は上田さんとは広告の仕事で何度もご一緒させてもらった。
20年以上前に彼の事務所で打ち合わせをしている時、
細い目の奥を輝かせて「水口さん、この写真どう思いますか?」と見せてくれたのが、
アメリカ・オリンピック国立公園で撮影された森の写真だった。
深い森の中を何時間も歩いてたどり着いた末にカメラに納められた写真。
その蛍光色に近い緑からは宗教画のような神々しい光が放たれていた。
ふたりの女性のやり取りを読んでいて、その写真をイメージするようになった。
雅子さんの居住地が森の側だということもあるが、
写真集ができあがっていく過程で泰而さんのことをさらに深く思い、
ひとりで生きていくことを決意する雅子さんが
森に抱かれ、その森を歩き続けているイメージだ。
1冊の本から生命力を受け取った。
まるで長編小説を読み終えたような爽快感だった。
救われたお礼を伝えたくて清野さんのメッセンジャーに
FBページ上で感想を上げさせて欲しいと送った。
突然すぎて怪しまれるかもしれないので、一度名刺交換をしたことがあって、共通の知り合いがいることも書いたのだけど。
しばらく返事はなかった。
つづく
(冒頭の写真:©yoshihiko ueda)
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