あなたのために【小説】

 先輩、あの、いきなり何を言い出すんだって思うかもしれないんですけど、もしよければ一緒に暮らしませんか。これって、先輩にとっても悪い話じゃないと思うんです。
 私は料理が得意だから、先輩の分のご飯も作ります。食べたいものがあったら言ってください。何でも、とまではいかなくても、ある程度のものなら作れる自信があります。それに、私は洗濯も掃除もそんなに嫌いじゃありません。排水溝に絡まった髪の毛を取るのだけはちょっと苦手なんですけど……。でも、全然できるので。
 それに何よりも、一緒に暮らせば、生活費が節約できます。家賃は、二人で割れば半分ですし、食費だって二人分買う方が一人あたりは安いんです。お金がない先輩にとって、お金の問題は深刻ですよね。私、先輩はすごく偉いと思うんです。学費を奨学金とバイト代で、自分で賄っているところとか。全部親に払ってもらっている私とは大違いで。しっかりしている先輩が、私には眩しく見えます。きっと先輩は、これからも自分一人で、なんとか暮らしていけるんだろうなって思います。だけど私は、先輩のそばにいたいって思っちゃったんです。私が先輩を支えられたらって。先輩にとって私は絶対必要なものじゃないっていうことは、なんとなく分かるんです。それでもいいんです。ただ、先輩のそばで、ささやかに一緒に暮らしていくことができれば、それで。
 これってわがままですかね。わがままかもしれません。いえ、わがままを言わせてください。私は先輩に、自分で自分を大事にできる人になってほしい。先輩がこれまで送ってきた人生を、私は先輩からほんの少ししか聞いていないのですが、それでも辛い人生だったということはよく分かるんです。虐待もいじめもほとんどされたことない私でも、それがひどいことだっていうのはすごく分かります。経験それ自体だけじゃなくて、そういう扱いを受けることは理不尽だってことも。だから私は、先輩には幸せになってほしい。
 誰かの幸せを願うことがそんなにおかしいことでしょうか? 目の前で辛い思いをしている人がいて、手を差し伸べたいと思うことがそんなにいけないことでしょうか? その人が助けを求めているかどうかは関係ない。それでも手を差し伸べるのが、あるべき姿だと思いませんか?
 なんだか話がだんだん逸れてきちゃいました。すみません。でも、ここまで言ってみて、私が冗談で言っているわけじゃないっていうことが伝わったんじゃないかなって思います。
先輩、もし良ければ、私と一緒に暮らしませんか。

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