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 学校の窓の外、木にしとしと雨が当たる。置き場に困ったいくつかの濡れ傘が横たわる教室。もう4日間も雨。あしたもあさっても雨。
 4月5月と、涼しい風まじりの晴れの日和、気持ちよい生活の尻尾に噛みついて曇り空の湿り気が顔を出してくる。ああもう半年経つんかと、6月を見据えたうだうだした雨の向こうに時計の針がくるくる回っている。
 それが今年は違う。梅雨の向こうは東京オリンピックだ。思い出すのは7年前、東京開催決定の日。フェンシングの太田選手がガッツポーズしたあの、IOCロゲ会長の「TOKYO」が放たれた日に考えていたのは、2020年は大学4年生、就活が終わってれば行くかなあ、テレビで観れるし別にいっかなあ、くらいのことだった。
 相変わらずテレビで観ればいいと思っているしチケットは買ってないんだけども、ただこの時代のど真ん中にいるという感覚はいい。長野オリンピックのときはこの世に生を受けていなかったので、正真正銘、人生初の自国開催オリンピックだ。すでに聖火リレーも始まっている。日本の歴史に残る夏が迫っている。

 大学4年になるとお昼に食べるものが固定している。僕は1年生並みに授業を取らなければならないのでこの4年で最も熱心な学徒になっているわけだが、週のどこかでは必ずカップの蒙古タンメンをひとりで食べる。お昼をひとりってもはや気にならないのだけど、まあ傍目からそういう辛いランチ生活(に見えるかもしれない。多分誰も見ていない)の中でも、週に一度必ず通う喫茶店がある。大学から10分ほど歩くので、客はおじさんばかり満杯。「工場長」と呼ばれているのはいっちゃん常連のおじさんだ。たばこの煙で黄色くなった壁にクッションの薄いソファ、「ヒルナンデス」しか映らない小さいテレビ、「※大盛りは思ったより多いです」の張り紙。マスターは高倉健を小さくしたような人で、とにかく生姜焼きが美味しい。マスターの3人の娘さん(といっても僕より20個くらい上)が手伝っていて、僕はそのお姉さんたちの自撮りに映り込む関係だ。特に一番下の「ひーちゃん」は芸人さんで、こっちも舞台をやってる者なので気が合う。去年のはじめにふらっと入って以来、「あこんにちはー、いらっしゃいませー。きょう席どこにするー?」に惹かれて通っている。火曜日のお兄さんとあだ名されていることも実は知っている。
 誰にも教えないオアシスだ。ずっとこの店が続いていけばいいのにと思っている。もしかしてここでオリンピックを観たらすごく楽しいんではないだろうか。昼時を過ぎるとあっとガラガラになる。お姉さんたちはそこのテーブルで自分の昼を食べる。十中八九、「お兄さんも観ようよ!」と言ってくれる。テレビでいいな。

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