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書評・読書メモ:医学書院『病院』 特集「戦略的病院広報」2022年11月刊

「ステークホルダーマネジメントとしての病院広報」(2018年2月号)以来の広報特集号です。
本特集のサブタイトルには「病院の魅力を高めリスクを減らす」とあり、攻めと守りの両面にまつわる論考で構成されています。具体的な取り組みとその成果に留まる論考もあり「戦略的広報」とはどういったものか、読者には大枠の概念が伝わりにくい懸念はありつつも、病院ができる多彩な施策の「最新ショーケース」として価値があるのではないでしょうか。

論説の面白さを指標に★をつけました。編集方針や文字数の都合で書かれているとお察ししますが個人の感想です、ということでご容赦を。

病院マーケティングの本質と戦略的病院広報の勘所

小倉記念病院(福岡県北九州市)

論説の面白さ:★★☆☆☆
〈既存の情報が多く、もっと新しい知見や切り口がほしかった〉

おおよその内容は下記の書籍と同じ論旨なので、既読の方は改めて読み直す必要はなさそうです。「ヒト・モノ・カネが限られている中、全ての診療科・疾患で闘うことは不可能なので、土俵となる診療科・疾患を絞り込むべき」とする考え方は、この特集の中でもっとも戦略的で現実主義的。
LINE活用と医療機関向けに限定した広報誌発行の狙いはぜひ知ってもらいたいです。

病院を取り巻くさまざまなステークホルダーとの良好な関係構築に不可欠なパブリック・リレーションズ

株式会社井之上パブリックリレーションズ

論説の面白さ:★★☆☆☆
〈どこまでがPRの一般論で、どこからが独自視点かわかりにくい〉

前述の2018年2月号では、同社会長の井之上喬氏による執筆で同様の論旨でした。当時よりも働き方改革への対応が急務となり、COVID-19による院内外での混乱や変化でパブリック・リレーションズ(広報/PR)がより重要となったとしています。全記事中でもっともアカデミックで、フレームワークやモデルに重きを置いています。
かなり汎用的かつ広い視点で書かれているため、難解に感じるかもしれません。

地域包括ケア時代における戦略的病院広報

社会医療法人石川記念会HITO病院 石川賀代(愛媛県四国中央市)

論説の面白さ:★★☆☆☆
〈これまでの取り組みを踏まえるともっと先進性があってよい〉

本記事の内容は近年の具体的な取り組みを紹介しています。

  • 市民・行政・医療機関・企業と進める医療講演会開催

  • HITO(人)にフォーカスしたInstagram開設などSNSの拡充

  • プレスリリースに依存しないメディアリレーション強化

同院のブランディングやDXについては下記書籍に詳しい。

甲状腺疾患専門病院における戦略的病院広報への取り組み

伊藤病院(東京都渋谷区)

論説の面白さ:★★☆☆☆
〈これまでの取り組みを踏まえるともっと先進性がほしい〉

「甲状腺疾患専門」というわかりやすいホスピタルブランドがあるので広報に取り組みやすい土壌が備わっています。1990年代に「コーポレートアイデンティ(CI)」のブームがあり、その波に乗って「ホスピタリティ・アイデンティティ」を定めたようで、病院としてはかなり早い時期にブランドを意識した活動をされていたようです。
本稿では広報的な取り組みを紹介しています。

  • 臨床研究の国外への発表や論文執筆

  • 市民公開講座参加

  • 患者向け家庭医学書作成

  • 疾患解説などの動画配信(2002年ごろから)

  • 医療ツーリズム参画と多言語対応

  • 院外広報誌(雑誌『広報会議』から取材を受けた)

  • 分院・提携病院との情報と理念の共有

地域連携に資する広報

上尾中央医科グループ協議会ソーシャルワーカー部(千葉県船橋市)

論説の面白さ:★★★★★
〈広報と括るには抵抗があるほど、新しい関係構築を模索する“ナラティブ広報”に可能性を感じる〉

非常に共感と興味を持った論説なので少し掘り下げます。
旧来のソーシャルワークは論理科学的な考え方が主流でしたが、新たな潮流として「ナラティブ」が展開され、クライアント(患者など)へのアプローチが変質したという背景があります。SWとナラティブの関係は深く、広報=関係構築にナラティブ・アプローチの考え方を適用している点で、非常に個性的な活動をされています。
広報が何をしているかというよりも、地域包括ケアシステムにおいて医療機関の広報の役割は何かという視点での論考です。

医療連携は関係機関の繋がりだけではなく、患者自身の参加が必要で、参加と理解を促す必要があるとした上で、地域連携に資する広報の例として下記を紹介しています。

  1. 行政を含む関係機関のつながりや関係性を強調し、自院単独ではなく地域資源全体を広報する

  2. 患者紹介元の医療機関に代わって、患者へ能動的に情報を提供する(紹介元の負担軽減と患者からの理解促進が狙い)

  3. 自院の機能説明を実施し、地域連携パスを詳細に明示して、紹介元にも患者にも迷いや不安がない状況を作る

論者は上記の3. を「ナラティブ広報」と名付けています。SWに本来ある援助介入手法のひとつ「ストーリーだてる援助」が広報の現場で活用されており、地域包括ケアシステムの安定と共存共栄が図っているようです。

コロナ禍に求めらえる病院広報の柔軟性

医療法人丸山会 丸山中央病院(長野県上田市)

論説の面白さ:★★★☆☆
〈ターゲット別施策の実際の取り組みとして示唆的〉

もっとも重要なステークホルダーである地域住民との関係構築・強化を進める中で起きたコロナによるイベントや講座の延期・中止。その具体的な対応をまとめています。

主な利用者の年齢層である70代・80代のデジタル・デバイド(ネットから情報を得られないことで起きる情報格差のこと)、60代以下をネット利用者と想定し、ターゲットの属性でメディアを使い分ける点が特徴的。
インターナルコミュニケーションの活性化で職員モチベーションやエンゲージメントが向上した事例も紹介しています。
次項も含め、院内広報(インナーブランディング)に関する取り組みが多いのも前号からの大きな違いです。

職員間のコミュニケーション向上を目指した「中吊り広告」

公益財団法人脳血管研究所美原記念病院(美原記念病院)

論説の面白さ:★★☆☆☆
〈効果は期待できると思いますが、手法としてはコモディティ化してしまっているので〉

病院ではありませんが「中吊り広告」の見た目を利用した例としては下記が有名です。

こういった週刊誌の社内広告のようなフォーマットで院内広報誌を作成する手法についての解説で、方法論としては特段新しいものではありませんが、特に自治体広報では「前例」があることで導入しやすい手法かと思います。若干表現が過激でも職員向けであれば最大限インパクト重視にできますし、制作担当の負荷が少ないこと、低予算で実現できることもポイントだったようです。
実例はネット上では公開されていないようですので、ご覧になりたい場合は本誌をお求めください。

何が求職者に刺さるか マーケティング視点での採用活動

一般財団法人ひふみ会 まちだ丘の上病院(東京都町田市)

論説の面白さ:★★★★☆
〈“刺さるか”という切り口がよい〉

採用活動でターゲットとなる求職者は一様でなく、年齢・考え方・生活環境などに応じて異なるので、さまざまなアプローチの方法を検討した上で情報発信をしならないとしています。
ちなみ「刺さる」とは「心に届く、深い感銘を与える」の意味で広告やマーケティングの業界でよく使われる表現です。

本稿では具体的には触れてはいませんが、たとえば採用ホームページの決裁権を持つ役職者は年齢層が高く、新卒採用のメインターゲットである20代とは考えも感性も異なります。デザインなどではそういった価値観の違いが表れやすいものです。
ターゲットに刺さらない発信は意味がないどころか、マイナスのイメージさえも生み出してしまうので「誰に届けたいか・それはどんな人か・どうしたら刺さるか」を考え抜かなければなりません。

新型コロナウイルス感染症の拡大を契機としたメディア対応の見直し

地方独立行政法人堺市立病院機構(大阪府堺市)

論説の面白さ:★★★☆☆
〈この短い論説で語るには余りあるテーマ設定で残念〉

広報のおける「危機管理対応」のうちメディア対応を論じています。特に下記に関して問題が生じたとのことで、その改善方法をまとめています。

  1. メディアによる当院に関する誤報道

  2. 職員による誤情報の発信

  3. 院内における感染者発生時の公表基準の未整備

1.と2. は組織一般が抱える問題でもあるので、病院広報の範囲で学ぶのではなくて、広報向けの書籍や情報源で捉えなおす必要があるように思います。病院が持つ影響度や知名度次第で、社会やメディアからの注目度も異なりますから、小規模な民間病院ではここまでの対応が必要とは限らないことも考慮すべきです。

病院の風評被害とネットの口コミ対策

ソルナ株式会社

論説の面白さ:★★☆☆☆
〈ネットのクチコミ対策はネットではどうにもならないという視点でも論じてほしかった〉

本論では特にGoogleのクチコミによる「風評被害」についてその対応方法についてまとめています。
実際のところ病院が困るクチコミの多くは「根拠のない誹謗中傷」よりも、接遇や診療における「事実に基づく患者が感じた悪い印象」で、こういったクチコミは消すのが困難です。さらには「発熱外来をすると悪評が増えやすい」という話もあり、医療機関はクチコミにおいては弱者であるつらい現状がありますが、その点にはほとんど触れられていません。

病院ウェブサイトにおける医療広告コンプライアンスの要点

弁護士法人色川法律事務所

論説の面白さ:★★★★☆
〈法体系の説明に終始せず、ホームページの管理体制を踏まえた言及がよかった〉

医療広告ガイドラインを論じていますが、新規性のある内容ではありませんでした。また、自由診療ではかなり状況が異なり、刑の重さという意味では薬機法・景表法違反の方が怖いので、医療広告ガイドライン以外にも注意を配る必要性にも言及してほしかった。
ホームページの管理委託先との関係で生じるリスクについての言及は非常に良い。

まとめ

COVID-19以降、コミュニケーションのスタイルが大きく変わる必要が生じ、病院広報においても他業界と同様に「ネット化/オンライン化」に舵を切ったこの数年だったと思います。また、広報領域からはみ出ますが、発熱外来でのLINE活用などでは、一方的な情報発信だけでなく、意思疎通の可否や双方向であることで医療機関と患者の繋がり方も変質が起きました。他方、ネットの利用ができない・利用しない層への情報が届きにくいという現実があり、SNSやウェブサイトの限界も知るところとなりました。

極めて個人的な感想ではありますが、先進性や新規性のある取り組みができる病院にはあるいはその経営層には、停滞を嫌って変化を求める姿勢があるように感じます。


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