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書評「地域に伝えたい!やさしい病院広報の教科書 なるほど医療介護経営」

コロナ禍で病院広報として何をしたらいいのか? 病院広報により病院をブランディングし、地域とのつながりを持つことを、対談形式でまとめた一冊。広報の取り組みとしての新しさ、考え方の革新性があるわけではありませんが、社会のかたちが変わり、これまでとは違った集患が求められる今、改めて病院広報が何をすべきか、何ができるかを問い直すきっかけとしては、よいコンセプトの書籍だと思います。

本書は2部構成で、東日本税理士法人 長英一郎さんが、前半はNPO法人メディカルコンソーシアムネットワークグループ理事長の山田隆司さん、後半は製鉄記念⼋幡病院広報の有⽥円⾹さんと、それぞれ対談されたないようを書き起こしています。本稿では、私が興味のあるところをつまみ食いして掘り下げています。
なお以下の引用箇所は、原文が対談形式で文意が通りにくいところを補うため変更加筆しています。

企業ではマーケティング部門は経営戦略的な部署として機能しているが、病院組織はすべてが部署(部門)ごとで区切られ、院内連携が浸透せずに全体最適化が難しいと感じる。

フィリップ・コトラーが『営業とマーケティングの壁を壊す』で著しているとおり、目的が近いはずマーケティングと営業でさえも関係が悪いということは珍しくなく、マーケティング部門による組織横断的な全体最適化を実現するのは容易ではないようです。病院には部門があるから浸透しないのではなくて、“相互の無理解や、縄張り意識のようなマインドが障壁となっている”と捉え直すと状況が好転するのではと思います。「マーケティング部門は経営の代弁者であり指導的立場なのだから従うべし」というマウント体質ではマーケティング活動理解はされ難いでしょう。ただ、国家資格専門職の寄り合い所帯である病院には、業務分掌の意識が他業界比べ高いことは想像でき、別の壁があるかもしれません。

病院では連携と広報をひとつ部門として束ねるケースが多い。しかし、広報はあらゆるステークホルダー(利害関係者)と関係性を築く必要があり、コミュニケーションする相手が広くて多い。一方、連携は狭いターゲットへのアプローチが要求される違いがある。

連携部門は一般企業での営業部門に相当すると言われますが、営業のターゲットは特定の顧客(前方連携のクリニック)の訪問などに代表される、個別のアプローチを基本としています。場合よっては、DM・勉強会などセールスプロモーション的な働きかけを実施されることもあるでしょう。
一方の広報の目的は、地域住民など“集団”との関係構築です。誰か特定の人に会っても、それが目的ではなく、その先で繋がっている方々が真のターゲットであったります。

いずれにおいても病院外部の誰かに働きかける、行動変容促進を担うという意味では両者は近い存在ですし、自らのUSP(独自の強み / Unique Selling Proposition)を外部へ伝えるミッションを持っているという点でも重なる部分は大きいです。
しかしながら、紹介数増進の営業活動の方が短期的に成果が見えやすく、外からも評価しやすいので、広報的な成果が見えにくい種蒔きに力点をおいた活動を継続するのは難しいでしょう。行き当たりばったりでは活動縮小が目に見えていますから、まず専任を立て、それが無理ならば中長期の広報計画を策定して、クリニックとの関係構築に偏重しないような仕組みを作るのが有効と考えています。

「医療法下の広告について」
表現に誘引性があったり、No1などの表現は(誇大広告に当たるため)できないですが、ある程度は規制の中で広告できると思います。たとえばラジオ局の枠を購入して自院の番組を持つ、新聞の記事風広告を出すなどペイドメディアの活用が考えられます。

医療法において、表現に誘引性がないものは広告ではないという扱いなので「誘引性のある表現は広告できない」という主旨の発言には違和感があり、誤解を受けそうです。来院受療を促す広告に違法性はありませんが、表現方法や訴求できないことが定められています。
詳細はこちらのサイトをご覧ください。

もう一点、誤解を受けそうな表現「ペイドメディア」についてです。ラジオの番組風広告、新聞の記事風広告などは確かにペイドメディアを利用したものでありますが、一般的なCMやウェブで多用されるバナーもペイドメディアです。要するにお金を出して発信したい情報を掲載・放映するものはすべてペイドメディアです。

ここでいわれている番組風広告・記事風広告は、番組や紙面に広告を溶け込ませ、視聴者・読者に広告を自然に受け入れてもらう手法として「ネイティブアド(ネイティブ広告)」と呼ばれています。ただ、このネイティブアドはいわゆるステルスマーケティング(ステマ)との境目がわかりにくく「広告の偽装」という印象も持たれるためネットでは頻繁に炎上が起きています。そのため、記事などでは必ず【広告】【AD】【PR】など明記して、あくまで広告手法として掲載されていることをわかりやすく伝えることが求められています。

また、こういった記事風広告は、メディア主導で発信しているように見えるため、取材記事のように見えます。その特性を利用した広告商品も存在しており、広告か広報か線引は曖昧になってきています。これにより広報は「メディアに取り上げてもらうもの」ではなく「お金を出してメディアに取り上げてもらうもの」という方法も一般化しました。
雑に言ってしまうと「お金を出せば取材してうちの紙面に載せてあげるよ」という広告の裏メニューがあるわけです。名医を紹介する本ありますよね。

看板広告の効果ってよくわからないですよね。看板を撤去したから患者さんが減ったり、設置したから患者さんが増えるというのはあまり確認されていないです。

病院敷地から離れたところにある野立看板・駅看板に限っては、どれほどの効果があるかを測定するのはかなり難しく、「看板に意味があるのか、集患の効果はあるのか」という問いに答えるのは難しいでしょう。
病院の場合、看板に限らずほとんどの広告で「看板を見て良さそうだと思った。今度受診してみよう」とはなりません。多くの人はそのタイミングで病院へ行く必要がないからです。健康の問題を抱え、かかりつけ医の紹介状が必要になったときに、ようやく看板の効果が発揮されます。広告の接触から病院選択の必要性が生まれるまで本人を含め誰にも予測できないタイムラグが伴うため、さらに効果測定は難しいのというのが実態です。

本書で後述されている公開講座やセミナーにおいても同様で、あらかじめ知ってもらい、信頼関係を築くのが病院広報のひとつの目的と考えてください。「水のトラブル」のCMや、葬儀社の折り込みチラシは、その広告を目にしたときに行動を促すことが目的ではありません。来たるべきときに思い出してもらうための「刷り込み」をして、選ばれやすくしているという点では、病院の広告・広報プロモーションと似たアプローチの施策といえるでしょう。

話は戻って看板広告のメリットとして
・地域に住むネットやほかの広告では届かない不特定多数に人に届く
・見る側の都合ではなく、その場所を利用する人の視界に入ることができる
という点が挙げられます。
後者については、掲げる場所を変えることで、特定のターゲットに絞ることが可能です。一般道では気づかないNAVITIMEの看板が高速道路からよく見えたりしませんか?

広報誌やチラシを作成が業務の中心になっている病院広報部門が多く、院外でコミュニケーションを取る活動は少ないですね。戦略的にステークホルダーを認識して関係づくりができていないかもしれません。

広報紙もホームページも情報を効率的に届けることが目的で、双方向のコミュニケーションとはなりません。たとえばLINEは優れたツールですが、スマホ利用に積極的でない方や、個人間での連絡用に留めたい方は、病院との繋がり持ちたくないと考えますから弱点はあります。一方、地域のイベントに病院名を掲げて参加したり、ショッピングセンターで健康増進の催しを開催することで、ネットと繋がりが弱い人や、普段は病院広報と接点を持たない人とコンタクトポイントを作ることができます。直接会うという“温度感”も大切ですが、それ以上に街中で意図せずに病院と住民が邂逅する“偶然性”がポイントです。
ここでの提言は、LINEや広報誌はすでにできた絆を強めること、院外活動は関係拡大と使い方を考え、ステークホルダーとのコミュニケーションの偏りを解消するには、バランスも考慮すべきという主張と受け取りました。

最後に

本書では山田氏とのインタビュー書き起こしというスタイルなので、教科書と呼べるほど体系的ではない、というのが率直な印象です。学ぶためのテキストとしては同じく山田氏、有田氏らの『今すぐできる! 患者が集まる病院広報戦略』をお薦めしたいと思います。


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