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微笑み

    京都伏見で人と会った。
    十数年振りで見るその人は野球帽にマスク。が、席に着き帽子をとると白髪広がり、マスクの下には白い歯が並ぶ。元気そうだ。
    京都で町家やビルの設計をしてきた建築士、花見小路一力の向かいにも手がけた店があるという。
    五十年前、遠縁に当たる彼の妻の実家を訪ねた。若く溌剌とした彼女は、ふらっと現れた若造を、特別な人に会わせると引っ張って行き、伏見の町の片隅の若人が集う席で、将来の夫たるその人に引き合わせてくれたのだ。満面の笑みで。
    溌剌と語る彼女と、ゆったりと落ち着いた彼との好対照、深く信頼し合った、眩しいばかりの二人。往時茫茫ながら、今も鮮やかな一齣である。
    その愛妻が、しばし前に脳を患い身体一部不自由に。性格も変わり人と会いたがらなくなったのだという。あれほど人を魅了してきた人が、と嘆息。
    が、しばし曇った目の前の人の顔にはふたたび穏やかな笑みが浮かび、あんたはどないしとるんや、と問うてくれる。
    久しぶりの昼酒に酔い、勝手な事を喋りちらし、憂さをはらう。
    駅前で入ったのは名古屋の喫茶店だった。

    桃山のコメダの午後に二人かな

    輝ける友どちありて京伏見
            いそとせ前の笑みぞ残れる              茶半

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