「人を同列ではないとする方が差別」というトンデモ論への聖書としての批判

2016年8月30日、中曽千鶴子さんは、「すべての人は、私や貴女方を含めみな罪びとで同列です。どんな人間も同列です。人を同列ではないとする方が差別ですし、泥棒や殺人や中絶や不倫もまた、同性愛も罪の自覚は必要で、自己正当化はよくない事です」(https://twitter.com/Jeanne_otsuru/status/770625637513965568)とツイートしている。

 経緯としては、中曽千鶴子さんのホモフォビックなツイートを見た人が批判したことから始まる。そこの部分は書き切れないので、省略しておくが、そのツイートを聖書としてどうか吟味するには、ローマ2:9-11とレビ記18:22やヤコブ2:9が使える。

 新改訳2017のローマ2:9-11には、「悪を行うすべての者の上には、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、苦難と苦悩が下り、善を行うすべての者には、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、栄光と誉れと平和が与えられます。神にはえこひいきがないからです。」とあり、主の裁きは、すべてを知った上での憐れみ深く公平な判断のようなものになるだろうが、泥棒や殺人や中絶や不倫を、盗まぬ者や殺人しない者や中絶しない者や不倫しない者と同列には扱えません。

 それに、新改訳2017のレビ記18:22には、「あなたは女と寝るように男と寝てはならない。それは忌み嫌うべき事である。」とあるが、ゲイが女と寝るように男と寝ることはできないので、聖書を使って同性愛を罪に定めることはできません。(英訳聖書のNew Living Translationは、homosexualityとsinを使ってるが、それ以外は、abominationを使ってるのが多い。根拠 https://biblehub.com/leviticus/18-22.htm )

 また、新改訳2017のヤコブ2:9には、「しかし、もし人をえこひいきするなら、あなたがたは罪を犯しており、律法によって違反者として責められます。」とあり、「すべての人は、私や貴女方を含めみな罪びとで同列」とするのは、罪です。(https://biblehub.com/james/2-9.htm にある22の英訳聖書のすべてで、sinが使われている。)

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