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推薦映画:私の心の一本 ピエトロ・ジェルミ監督作品『鉄道員』初出:読売新聞2017年3月10日

本 文

 冒頭、邪気のない笑顔で小学校低学年の少年サンドロが足早に駅に向かって歩いている。ローマである。シーンバックで映し出されていくローマ駅に着く特急電車の機関士である父親アンドレアの働き盛りの様子。ホームで邂逅する二人。「パパァ! 」父アンドレアに駆け寄り嬉しそうに叫ぶサンドロ。そこにあの哀切の主題曲が流れ始める・・・。想い浮かべるだけで胸に迫るものを感じてしまうのは私だけではない筈だ。
一九五六年公開とあるから昭和三十一年。最早、戦後ではないッ、と言われた年の映画『鉄道員』は、今の日本では余り見かけられなくなった「父権」の強い庶民の家族をサンドロ少年の目を通して描いた秀作だ。   
頑固親父ではあるが妻と三人の子供たちをこよなく愛しているアンドレア。それ故に長女の結婚問題で揺れ、職にも就かずフラフラしている長男ともぶつかる。長女の流産と不倫騒ぎで諍いは絶頂を迎え、アンドレア自身も運転中に飛び込み自殺をされ、ショックから信号無視を起こし貨物機関士に降格させられる。生活は荒み遂にはスト破りを買って出て、気の置けない機関士仲間たちとも没交渉となっていく。
お互いがお互いを想い合っていながらも壊れてゆく家族、友人たちとの関係と絆。映画は、その大切な人たちとの関係と絆を取り戻すことをテーマにしている。
その揺るぎないテーマが、六〇年後の現在も尚、自分は果たして壊れてしまった大切な人たちとの関係や絆を取り戻そうとして来ただろうか? と自問させるだけの哀切感に溢れ、正に名作の醍醐味を堪能させてくれる。
戦後映画界を席捲したイタリア・ネオレアリズモの最後の旗手と謳われたピエトロ・ジェルミ監督は、アンドレア役を見事に主演しながらもリアリズムとリリシズムを融合させた演出で「人間の営み」を描き切っている。
サントロ少年と同じ歳の頃に観た、生涯、忘れることのできない私の「心の一本」。
大画面でジックリお愉しみ下さい。

解 説

 川崎チネチッタで「午前10時のロードショー」の様な企画をやっていた時期に日本映画大学の講師が、その都度上映される作品に手を挙げ解説を書いた時期がありました。私も2本書きましたが、その一本が『鉄道員』です。小学生の頃、テレビで放映されていたのを視て感銘を受けた時のことは忘れません。推薦文を書くに当たって数十年振りに観直しましたが、大切な人たちとの絆の再生が見事に描かれていて、改めて「カタルシス」の本来の意味である「魂の浄化」を強く感じた次第です。



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