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天使と悪魔の人生工学


束の間の帰省からの帰り路、行き先を示す駅の電光掲示板を前にして迷っていた。お金をかけずにローカル電車で帰ろうかと。でも時間を見積もると家のドアを開けるのは21時を回る。そして連休明けの明日、早速朝が早い。お財布にやさしくないけれど新幹線を利用することにした。

券売機で新幹線の切符を買うと、表示された値段が安いのが気になった。よく見ると特急券だけの料金で、乗車券分が金額にのっていない。それで私は有人窓口に行って乗車券を追加で買おうとしたのだけど、今度は窓口の駅員になぜかうまく話が通じない。機嫌が異様に悪い駅員さんはメガネの向こうから睨みつけている。券売機で特急券だけ購入になる不親切なシステムをまずどうにかしてほしいと思ってしまう。

駅員の機嫌に付き合っているうち、こちらも苛立ってきた。早く、よーその場を離れたくなって、話し方を変えて対応してもらい、その場を切り上げる。乗りたかった線の時間が迫っていたので急いでプラットフォームに向かった。お盆の最後の記憶がいたたまれないものに決定しようとしていて、なんとなく無念だ。

新幹線に乗り込むと、ああや帰省客でほぼ満席だった。でも次の線からはさらに混んでいて指定席は満席だったから、かろうじて運がいい。私は席について論文を取り出した。明日の仕事の事前情報で必要だったから。慣れないものを読まなければならなくて、頑張って文面を注視する。

ところで隣には若い女性が乗っていて、次の停車駅に着くと降りていった。その先は大抵、東京に着く前に乗客が乗ってくることはない。けれども今日は女性と入れ替えでお兄さんが乗ってきた。頭上の荷物置き場にリュックをどかっと置いて席につき、常設された可動式のテーブルを出してこぢんまりとした蓋付きのカゴをそっと置いた。
満席の空間にはほどよく話し声があって、…チュン、と音が聞こえた。最近のスマホの着信音とか何やらは自然を模したオシャレなものもあるのだなと思った。以前の上司が、携帯の着信音に森林の音を使っていたのを思い出す。

それからもう一度、論文に目をやった。慣れないものを必死に読んで苦労する。どこからか小さく鳥のさえずりのような音声が聞こえた気がしたけど、他人ばかりの空間にいる分、無意識に他人事だとして気にしないようにしていた。だってふつう、そこに行きた鳥がいると思わないでしょ。

しばらくして東京駅に到着前の車内放送が流れた。あと5分もすれば着く。私はそこで勇気を出してもしかして、そこで隣のお兄さんに思い切って話しかけてみた。もしすると、さえずりの理由は籠にあるのではと思ったのだ。

「籠…鳥がいるんですか?」

「そうなんです。一緒に帰ってて」

お兄さんはとってもニコニコしていた。ビンゴとばかりに私は籠をじっと見る。生き物好きな私は興味深々で。

「何の鳥なんですか?」

「文鳥です。ほら」

お兄さんはそっと蓋を開けてくれた。するとそこには小さな文鳥がいた。小さな声でチュンチュンさえずっている。
興味深々な私は質問しか出てこない。

「かわいいですね。でも移動するのってストレスとかないんですか?」

子どもの頃、小鳥を保護したけど、人間に驚いたのかぴーんと緊張して死んでしまったことがあったのを思い出していた。動物が好きだけど鳥をペットにできなかったのは、このことにトラウマがある。

「もう5年くらい、移動のときこうしてますよ。今日は少し文句が多いみたいだけど」

お兄さんさんはそう話した。5年の歳月の話を聞くとさすがに鳥も大丈夫なのだろうと安心する。お兄さんさんは文鳥の話をしてくれる間、終始笑顔がきらきらしていた。笑顔というよりいい意味でデレデレしているという方が正解に近いかもしれない。文鳥が大好きなのが伝わってくるし、この小さな命もお兄さんの愛情を受け取って生きている。そう思うとなんだか癒される。チュンチュン言って文句が多い理由はわからなかったけど。

思えば、あまり使われない短い区間を新幹線に乗っていたのは、きっと文鳥のためだ。ローカル線を使ったら、さらに1時間は電車に揺られて負荷が大きい。木製の鳥籠は小さなピックニック用のおしゃれな籠のようで、これだって文鳥と暮らす生活を大事にしているから選んだのだろう。あんなに小さな命を大切に、文鳥の存在を生活に取り込んでいるお兄さんは、すごく高度なことをしているように思われた。きっと賢いエンジニアなんだろうと勝手に思う。

機嫌の悪い駅員にどん底に落とされたと思ったら、文鳥を愛する上機嫌なお兄さんの笑顔に救われた。人生の収支はプラスマイナスゼロなのかもしれないし、天使も悪魔も意外と近くにいる。



人は誰でも苦労があるけれど、天使になれる人は、どの苦労をするか、自分で積極的にとりに行ってその責任をとっているんじゃないかと思う。

せっかくなら、丁寧な努力をする苦労とトレードオフで文鳥のかわいさにデレデレできるお兄さんの人生工学のようでありたい。文鳥とお兄さん、ありがとう。


Aoi314

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