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漠然とした不安に襲われるときに。


家族がいて、家もあって、健康で、
仕事もいろいろあるけどやりがいもってやっていて、
なんら特別困ったことがなく、
むしろ恵まれていて。

安心や安定の生活のなかにいるにもかかわらず、
漠然とした不安に襲われる。

とか。


友達と楽しく遊んだり呑んだり
楽しい時間をたくさん過ごせて
満喫できたのにもかかわらず、

なんだか芯のほうが
空虚な感じがしてしまう。

とか。


なんかそういう漠然とした
不安に襲われるってことはあります??



それについて、考察してみましたので
綴っておきます。


不安とはまず、想像物である。と言えます。

お金がなくなったらどうしようとか、
企画がうまくいかなかったらどうしよう、
こんなことしてどう思われるんだろう?とか
まだ起こってないこと、
起こるかわからない何かを
想像して、不安になるんです。

で、不安になるときは大体ぼんやりしていて、
どうしよう?と思っているにもかかわらず、
どうするか本気で考えてないことが多いです。笑


お金がなくなったらって、
どういう状況なの?どれくらい?
1000円しかないの?
借金300万円なの?
てもっと具体的にはっきりさせていくと、
実は不安は消えます。
こうしようとか、これは聞いてみよう、
相談してみよう、とか、
働き口を探そうだとか、
考えだすからです。


不安ってのは、案外
簡単に消えます。
明確化すればなくなります。


で、次に思ったのが、
なんで、安定安心のなかにいるのに
わざわざ不安を想像したり、
少し闇の部分に入ってしまうのか?
ということです。

なぜ、想像物をわざわざ作り出す必要が
あるのかってことです。


ひとつは、
不安やリスクエッジ機能がそもそも
人間の武器だから、しゃーないってのが
あると思います笑
カメレオンがなんで僕は色がかわってしまうんだろう?って能力に疑問をもつのと似てるかもしれません。

そもそも、人間にとってこの世界を生き抜く武器は思考と器用さだったのかと思うのですが、こうすればこうなるだろうと予測したりするのが得意な上に、ライオンのような強さも、猿のような身軽さも、鹿のような足の速さもないから、リスクエッジ機能がすこぶる高い。

それを持て余してるだけかもってことが、まず前提にあっていいかと笑


その上で、
わざわざ不安や闇を想像する理由のもうひとつは、
本当に向き合わなきゃいけないことと
向き合わずにすむから
やと思います。

想像物をこしらえて不安でいることや、
現実を考えずに悩んでいることは、
実はラクだからです。

なんもしなくていいから。

不安を明瞭化すると、
やるべきことが見えてしまうので
やるしかなくなるし、
悩むのをやめるには、
受け入れたくないことを
受け入れなきゃいけないからです。

不安や悩みのなかで、
被害者ごっこ、ドラマ仕立てをしてたら
ラクなんです。

で、そのラクな方を選びたくなるほど、
今向き合うべき本当のことってのは
すごく勇気がいることなんだと思う。

バンジージャンプのまえに
もじもじしてるみたいな感じ。

このバンジーたぶん、
飛んだら劇的に人生変わるし、
本質を生きれそう、
ってわかってるけど、
怖い。

できたら、このまま飛ばずに、
台の上にいたい笑

みたいな助走のターンなのかなって思う笑

だから、別に
不安ごっこしたり
ウジウジ悩むのは
全然悪いことじゃないと思うの。

こわいよーー!
うじうじー!って
やっていいと思うの。

そのうち、あきてきたりして、
やっぱ飛んでみようかなってなるよ。笑


不安の解説でした。

不安にもいろいろ種類があるので、
またいろんな例題をあげていきますね!

不安も自分の一部だから
否定しないであげてください。

#心の扱い方
#自分とのパートナーシップ
#不安に襲われる
#不安がとまらない

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