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第10話 ズンバを踊って、転職活動再スタート!

仕事のメリット・デメリット

どうしてもシンガポールで働きたかった。
日本に帰りたくなかった。帰ったところでフリーターに逆戻りするだけ。ずっとマシ!
そう自分に言い聞かせながら1日1日をなんとかやり過ごして、2週間が経過していた。

朝9時から夜11時まで動きっぱなしの仕事を週6日。
シフト制で不定期な休日も、スタッフや荻野さんから容赦なく電話がくる。もしこなくても「また電話くる、いつくるんだろう」とビクビクしながら過ごす。なにも休まらない休日。

つらい。

でも、この仕事には魅力もあった。
電話やメールはバシバシくるけど、荻野さんと顔を合わせることはほとんどない。
エリアマネージャーは店舗巡回しながら各店舗をチェックして回るので移動が自由。空き時間にカフェでメールに返信したり、管理システムにアクセスして仕事をすればよかった。

そしてお給料。3000ドル(約24万円)は元フリーターにしてみれば十分なほど高収入だ。

それでもトータル、つらかった。

週に1日だけの休日の午後。ホステルの狭いベッドでゴロゴロしていてもなにもならない。えいっと気合いで起きて、ジムに行く。

せめてこの時間だけは邪魔しないでほしいと願いを込めて、スマホの通知をオフにする。
なにも連絡がありませんように!

ジムで踊ってシンガポール社会を学ぶ

ホステルから歩いてジムに到着。ダンスクラスのスケジュールを見ると、次のクラスはズンバ。

当時、シンガポールのジムではこぞってズンバというダンスをレッスンをやっていた。
超初心者から見れば、ズンバとはライオンキングのミュージカルのような、動物の動きを取り入れたような。ウッホウッホ。

インストラクター1人に大量の女性。後ろにちらほら男性もいるかも。
音楽に合わせてせっせと踊る。

リズムに合わせて! もっと激しく! いいね〜続けて!

フィリピン人インストラクターのマイケルがノリノリで叫んでる。
みんなの前で楽しそうにズンバを踊る、ツヤツヤの肌が輝く小柄なイケメン。

音楽に合わせて体を動かして、頭の中を空っぽにできる時間を楽しむ。
海外で働いて、休日はジムで運動。メンバーもインストラクターもみんな外国人。

今の生活をここだけ切り取ったら、理想の暮らしに近づいているかもしれないという気がした。自分、がんばってるじゃん。

Hi このあと時間ある? なんか食べに行こうよ

ズンバのレッスンが終わったあと、ベンチに座っていたらマイケルに声をかけられた。
マイケルはおしゃべりが大好きで、いつでも女性に声をかけてなにかしゃべってる印象。

まあいいか、気分転換に。英会話も鍛えられるし。
うんいいよ、と返事をすると「やった! じゃあ準備してまたカウンターで!」 と言って消えた。

女性用ロッカーでシャワーを浴びて着替えて、準備完了。

カウンターに行くと、マイケルと知らない女性1人も一緒だった。Hi と、にこやかに挨拶を交わす。さっきズンバのクラスにいた人だ。
じゃあいこっかと言って向かったのは、ジムの隣のフードコート。
それぞれ好きな料理を注文しにいった。

好きなものを好きなだけ。食べたくなければ、飲み物だけ買ってくればいい。
こういう海外のカジュアルな雰囲気が大好きだ。
日本だと、何が食べたいとか値段とかワリカンするならどうだとか、食事ひとつにしても気にするポイントが多すぎる。

この仕事ほんと大変、もっといい条件のところないかなー

マイケルがサラダと卵とチキンを食べながら、ぶつくさ言っていた。食事の選択にプロ意識を感じる。

このあけすけな本音というか、お客さんに向かって「うちのジムは最高!」なんて飾らないところも、日本とちがっていいなと感じる。
オンでもオフでも自分は自分。言いたいことを言う。

「マイケル、今の仕事はじめてからどれくらいなの?」

マイケルのジムでの存在感や参加者の多さから、ベテランなんだろうと推測していた。
How long から始まる文章を頭の中で組み立てて、聞いてみる。英語を話すときは、まず一度考えてからじゃないとなかなか口から出てこない。

今のジム? 3ヶ月かな。その前は別のところでダンスレッスンやってた。

「3ヶ月! たった3ヶ月で転職したいって思うの?」

当たり前じゃん! 条件がいいところからオファーが来たら今すぐ移るよ。そうやって給料上げていくもんだし。
そうそう。友達や元同僚と、いつも新しい仕事について話してアンテナを張り巡らせてるのよ。

と、マイケルの隣に座る女性が勢いよく体ごと割って入ってきた。
彼女はマレーシア人で、シンガポールで永住権を取得するためにバリバリとキャリアアップをしているらしい。

期間は関係ない。
転職したければ、いつでもすればいい。

これがジョブホッピング社会のシンガポールで働くということ。
実力さえあれば簡単に好条件で転職できて、給料も上がる。
「とりあえず3年…」なんていう日本の慣習は全く関係ないんだと、改めて実感した。

会話がとぎれて、ふいにふたりがスマホを操作しはじめた。
あ、スマホ…。ジムで気分転換してる間だけでも、と全ての通知をオフにしていたことを思い出した。

おそるおそるバッグの奥底からスマホを取り出すと、画面にずらりと浮かぶ通知。荻野さんだ…。
これで明日の出勤時から電話でドヤされることが確定。
いやだ、つらい、逃げ出したい。

勤続わずか2週間。でも、どうしてもこの状況を変えたい。
1回はできたんだ。2回めはもっとうまくやれるはず。

ズンバを踊ってしゃべっているうちに、転職活動の再開を決意した。

2回目の転職活動はイージーモード?

転職活動のセオリーをふまえて、新たな転職エージェントに登録するところから再開した。

現在、シンガポールでエリアマネージャーとして働いていること。
今すぐにではなくても、条件のいい求人情報があれば転職したいこと。

現在の状況と簡単な挨拶文をそえて、最新版の履歴書と職務経歴書を送る。

現職については、がっちり盛ってみた。
・エリアマネージャーとしてローカルスタッフに指導(仕事してと懇願)
・売上に貢献(自分の接客での売上を計上)
・すべての店舗が売上増(大幅な割引セールの直後に勤務開始だったのでたまたま伸びた)

材料は偽装していない。盛り付け方を工夫しただけ。
そして企業もそれを承知している。嘘をついていたら面接でバレるので、書類に書いた内容は全て覚えて、矛盾がないように気をつける。

こんな調子で初めた2回目の転職活動は、意外にも順調だった。
担当者の話によると、シンガポールの就業経験があれば就労ビザのハードルがぐっと下がるらしい。たとえ2週間でも、アリかナシかで言えばアリとみなされる。さすがシンガポール政府。

しかし担当者がすすめてくる求人情報は、日系企業。そしてサービス業。
どこもローカルスタッフを管理できる日本人マネージャーを急募していた。

ローカルスタッフと一緒に仕事をするのは、じわじわとくるものがある。
よくいえば素直。反対に言えば気が利かない。

これかたづけておいてね、じゃだめ。
AをBにして、それが終わったらCをDに。
並べ方が片付け方を全て説明して、一度じゃなく何度も覚えてもらうまで繰り返す。

はっきり具体的に言って、ひとつひとつ説明する。
曖昧な表現を好んで、共通理解がある日本人と仕事をする時とは真逆の発想が必要だということ。
このギャップに苦労する日本人マネージャーは多い。

できれば日系企業じゃなくて、シンガポールのローカル企業か、欲を言えば日本とシンガポール以外の外資系企業がいい。
でもやっぱり私の経験と能力の現実からでは、理想には到達できない。
しょうがない、選べるなかから選ばせていただくことにする。

こうして、新たに登録したエージェントからオススメされた2社で面接をセッティングしてもらった。

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