「エース人材さえいれば」という病
以前、ある大手グローバル製造業の若手とお話しをした。職場をもっと活性化したいという課題だったと思う。
話をするうち、ある仮説が思い浮かんだ。
40年前、今の経営陣が若手だった頃、その会社はグローバル企業ではなかった。事業も今ほど多岐に渡っていなかった。ゼロからの海外市場開拓、新技術開発、事業の立ち上げ、初めて海外に製造拠点を作るなど、フロンティアがたくさんあった。
そうしたフロンティア開拓が実を結び、安定的に事業を運営できるようになった。もう少し具体的にいうと、フロンティアを開拓した先輩たちだけではなく、収益モデルとオペレーションを作った先輩たちがいたわけだ。ベンチャーでいうところの「スケールする」ってやつでしょうか。
ここまで完成すれば、「普通の人が普通に努力すれば、利益や成長という成果が出る」ようになる。先輩たちはそうなることを目指して、ゼロから事業を作り技術や市場を開拓してきた。それが実現したわけだ。なんと素晴らしい。
ところが、これが矛盾の元になった。事業の成功に伴い知名度が高まり、就職先としての人気が高まった。フロンティア開拓で苦労してきた先輩たちは、よろこんだ。自分たちと同じような(あるいはそれ以上の)力量を見込める人材をどんどん採用できるのだ。
で、そうした力量の高い若手が配属されるのは、「普通の人が普通に努力すれば、成果が出る」ように、先輩たちが苦労して作り上げた職場だ。
つまり、その職場でやりがいを感じて働く人材のタイプ(普通のひと)と、実際に採用している人材タイプ(先輩たちと同じようなフロンティア開拓型)がミスマッチを起こしているんじゃないか。そういう仮説だ。
この仮説には、さらに続きがある。グローバル大企業となったその会社の次のフロンティア開拓は、先輩たちの経験したものより難易度が高い。海外市場開拓などとは異なり、まだ見えてない事業や市場を顕在化させないといけないから。
もう一つ、先輩たちにはあまり経験のないフロンティアがある。それは、既存事業でのビジネスモデル変革とプロセスの作り直しだ。これは、ゼロから作るよりはるかに難易度が高い。既存事業を動かしながら、壊して作り替えることが必要だ。さらに、人事権を持つ先輩方の作り上げて来た、過去の成果を否定するという面も伴う仕事だ。
まとめると、現在、その企業に必要な人材は、
1)オペレーションをしっかり回す「普通のひとたち」
2)先輩たちよりも強烈なフロンティア開拓をするひとたち
3)先輩たちの作ってきた事業を「動かしながら壊して作り変える」ひとたち
の3パターンであり、かつ、人数としては1)が圧倒的に多い。配置、育成、本当は処遇も、3パターンそれぞれの理想形は異なるはず。
でも現実は、この3パターンのどれにもあてはまらない、「先輩たちのクローン」を望まれる人材 =「エース人材候補」が採用され続けてるんじゃないか。
「エース人材」とは、先輩から見て手がかからない人たちだ。すなわち、皆まで言わずとも先輩の意を汲み、しかも先輩が作った組織に従順な人材でしょう?
1)の人たちには丁寧な指導(ないしは指導の仕組み)が必要。2)と3)は、従順さに欠ける。どれも「エース人材」とはみなされにくい。
私に話にきた若者も「エース人材」の1人のように思えた。職場の活性化の必要性を感じるのは、いわば、彼らが「採用ミス」だからじゃないか。
「普通の人が普通に努力して、成果が出る」とは、2016年8月の日経新聞の「交遊抄」に、かつての職場で中途入社同期の中塚さんが、同じく同期の東條さんの言葉として引用したもの。私も心に刻んでいる。
だから「エース人材を発掘」みたいな考え方は、もしかしたら思考停止なんじゃないの、とツッコミをいれてしまいたくなる。
(cover photograph by Pierre Margueritte)
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