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新しい働き方は、コーポレートガバナンスに効く

(picture by Alpha 2008)

監訳した「ALLIANCE アライアンス」の書評が、2015年8月に日経新聞に掲載されました。書き出しから、その視点にびっくりしました。

米国、とりわけシリコンバレーの雇用形態を論じた本だ。終身雇用の日本と比べ、米国流の雇用を礼賛する本かと最初は思えるが、読み進むとそうではないと気づく。書かれているのはコーポレートガバナンス(企業統治)論だ。

そうなの?これ、コーポレートガバナンス論なの?監訳者なので、日本の多くの皆さんより早く、何度も読みましたが、その視点は持ち合わせてませんでした。

「ALLIANCE」とは、会社と働く人が結ぶ、フラットで互恵的な信頼関係をさします。具体的には、個人と会社が互いの成長/変革にコミットするよう価値観を整合させる、個人の社外人脈ネットワークづくりを奨励し仕事に活かす、退職後も「同窓会」のように個人と会社の信頼関係を続ける、といった施策が提案されています。この書評では、次のように解説されていました。

本書タイトルのアライアンスとは何だろう。会社の発展と個人の成長が同期するような社員への動機づけと、それに沿った環境づくり、雇用契約の仕方だという。日本ではガバナンス=制度のように語られるが、米国では違う。本書が指摘するように、ミッション・ステートメントを会社全体で共有することがガバナンスであり、企業と個人のアライアンスもミッションに沿って成立するものだ。

今ひとつ理解ができないまま、気になりながらも頭の片隅に置いておくだけになっていました。

しばらくして、東芝の不適切会計問題の日経ビジネス特集が出ました。そこに描かれた会議の様子、胸が悪くなるほどです。「なぜそんな人間性を否定されるような、奴隷のような目にあって、会社を辞めないんだろう」。特集には、社員のコメントがいくつも載っていました。

雇用と家族のためには我慢せざるを得ない。(40代前半、購買・資材)
転職先として東芝以上に「良い会社」がない以上、従業員としては従わざるを得ない。(製造業、60代前半、経営・社業全般)

私はこれらのコメントを読んで、この人たちは新卒から終身雇用に身を委ねた結果、視野が狭くなり、東芝の外のジョブ・マーケットを全く知らないんだなあと感じてしまいました。そして、ここで「ALLIANCE」とコーポレートガバナンスが、やっと頭の中でつながったのです。

もしも、本当にもしもですが、東芝のような会社で、優秀な幹部社員からどんどん辞めていき、事業の執行に支障が出そうになっていたら。彼らの転職先のほうが「えらい」「すごい」「うらやましい」会社だったら。「チャレンジ」のような褒められたものではない社内慣行が、非公式とはいえ、社外に漏れていく可能性を頭に入れておくようになるかもしれない。中途入社の社員に「何でこんなことしてるんですか」と聞かれて、組織の暗黙の了解になっていたことに気がつくかもしれない。

社員一人ひとりが社外と、広く社会とつながっていたら、職場も社会に対してオープンになっていく。社員が会社に対して隷属的にならずに、もうちょっとフラットな姿勢でいられたら、社会的に受け入れられないような社内慣行をずっと続けていくのは、難しくなる。社会的に「よし」とされる組織風土を耕していると、人材が集まり、事業目標が達成しやすくなる。例えばGEは、そうなっているみたいです。

ここから、働き方とコーポレート・ガバナンスの関係について、考えたことを書いてみます。暗黙のうちに自分の経験の範囲の中だけで考えてしまっていると思いますし、ロジックが甘いところもありますが。

コーポレート・ガバナンスは、ちゃんとした定義はありますが、大雑把に言うと、企業が社会にとって「善き」存在であるための仕組みだと私は理解しています。社会はどんどん変わりますし、その変化はなかなか言語化、データ化しづらい。ですから、組織が社会に対してブラックボックスにならずにオープンであり、組織と社会の間の風通しがよいことが、「善き」存在であり続けるための必要条件です。社会がどうなっているか肌感覚で分からなければ、何が「善い」かも分かりませんから。

経営のレイヤーでは、例えば社外取締役が、企業と社会の間の風通しを良くするための「窓」を期待されているのでしょう。でも、経営だけ社会に開いているのは不十分で、現場にも「窓」が必要。現場が社会とつながるには、一定数の中途入退社があることや、それぞれの社外人的ネットワークを会社にも持ち込んでもらうのも、効果的ではないでしょうか。

立派なミッション・ステートメントが発表されているからといって、企業は「善き」存在にはなりません。顧客、取引先、社員、大株主など、企業と直接関わっている人たちは、その企業との関係のなかで経験するエピソードがたくさんあります。商品やサービス、交渉、利害などを通じて「この商品が好き」「あの会社で働いたお陰で」「あの会社との取引のせいで」などなど、ポジティブ、ネガティブ、様々な度合いのエピソードが集積します。それらが総体として「一貫性」があり、いろいろあるけれど全体としては「善き」ものだと企業の周りのひとたちが感じたら、企業は社会にとって「善き」存在になるのだと思います。(「善き」というのも「素晴らしい」から「あってもいい」まで、範囲も世界中から地域限定まで、いろんな度合いの幅を含むものとご理解ください。)

ミッション・ステートメントは、その組織固有の「何を為したいか」を言葉にしたものだと「ALLIANCE」では説明しています。ここでその定義に、その会社からうまれるエピソードから「一貫して感じられる善きもの」も付け加えると、日経の書評にあった「ミッション・ステートメントを会社全体で共有することがガバナンス」という考え方が、理解できるようになってきました。

世の中が「この会社があって良かった」と感じている、これまで培ってきたイメージがある。そして、自分たちが「なりたい姿」がある。この2つを合わせたものが「ミッション・ステートメント」。社員が日々、現場でうごき、生み出すエピソードが、結果として「ミッション・ステートメント」を実現し、広めるようになることが、真の意味で「ミッション・ステートメントを会社全体で共有すること」。

ここで、一定数の中途入退社があったり、それぞれの社外人的ネットワークを会社にも持ち込んでもらえば、そうしたエピソードの集積が、社内でも社外でもあまり段差なく流通するようになります。世の中から自分たちがどう受け止められているか、経営も現場もいつも「外からの視点」に触れていることになります。社員が会社に対して隷属的にならずにフラットな姿勢でいれば、耳の痛い情報も、経営陣や当事者に届くでしょう。そうやっていろんなレイヤーで多面的に「見られている」状況が社内に取り込まれていることが、企業が社会にとって「善き」存在であるための仕組み、つまりガバナンスだ、と。

コーポレートガバナンス・コード」の実施が上場企業に求められるようになりました。その中に、このような記述があります。

【原則2-2.会社の行動準則の策定・実践】 上場会社は、ステークホルダーとの適切な協働やその利益の尊重、健全な事業活動倫理などについて、会社としての価値観を示しその構成員が従うべき行動準則を定め、 実践すべきである。取締役会は、行動準則の策定・改訂の責務を担い、これが国内外 の事業活動の第一線にまで広く浸透し、遵守されるようにすべきである。

私の理解は、当たらずと言えども遠からず、といったところでしょうか。冒頭の日経の書評には、評者のお名前がありませんでした。機会があれば、ぜひお考えを伺いたいなと思っています。

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