PlayStation5に採用された液体金属の大きなチャレンジ
Sony公式が出したPS5分解動画の衝撃
Sonyのゲーム事業を担っている子会社であるSIE(Sony Interactive Entertainment)公式が出したPS5(PlayStation5)の分解動画が最近話題を集めています。
公式が出した分解動画ということもあり、その信憑性もさることながら説明もわかりやすく楽しく鑑賞することができました。
PS3(PlayStation3)を友達経由で格安で譲ってもらい分解した経験がある私からすると、公式が分解して解説してくれると時間節約できますし、自分では気づかない点も補足してくれるため非常にありがたいですね。
楽しみながら観ていたのですが、唯一この動画を見ていて気になった点がありました。
それが、CPU(Central Processing Unit)とヒートシンクを繋ぐ材料に液体金属を使っている点でした。
パソコンやゲーム機の分解組み立てをやったことがある方は、この動画で最も気になる点ではないでしょうか。
今回はそんな液体金属の凄さを説明した後に、液体金属を採用するためにSonyが出した特許をゆる~く考察していきたいと思います。
PS5に採用された液体金属とその背景
パソコン、ゲーム機やスマートフォンといった電子機器はCPUと呼ばれる部品を必ず搭載しています。
CPUは人間に例えると脳に当たる部品で、電子機器の各部品に指示を出す役目を担っています。
最近のCPUはスマートフォンやゲーム機が数十年前には考えられなかったくらい高性能になっていることもあり、その頭脳たるCPUも高性能なものが使用されています。
さて、CPUが高性能になると立ちはだかる大きな問題は何でしょうか。
もちろん様々な問題はあるのですが、最も有名で設計者が頭を悩ませるのが「熱」です。
このCPUという部品、電気を与えて動作させるとすごい熱を出すんですね。
なぜ熱を出すのかということは、CPUの中にあるMOSFETと呼ばれる半導体素子のSi基板が高抵抗なため~、とかなんとか複雑な説明があるためここではカットします。
通常のCPUはその熱を外に逃がすためにヒートシンクと呼ばれる剣山のような金属とヒートスペレッタと呼ばれる金属を取り付けて、CPUに溜まった熱を逃がします(図1)。
図1. CPUに溜まった熱を外へ逃がす構造(参考文献)
CPUの上にヒートスプレッタとヒートシンクを積み上げるわけですが、ヒートスプレッタとヒートシンクの間には隙間が出来やすく熱がヒートシンクまで伝わるのを阻害してしまいます。
そこで登場するのがグリスと呼ばれるものです。
グリスは熱を伝えやすい有機材料で、ヒートシンクとヒートスプレッタの空気の隙間をうまく埋めてくれるため、熱を逃がしやすくしてくれます。
グリスで有名な材料といえば、シリコーンが最も有名な材料ではないでしょうか。
しかし、既に説明した通りCPUは昨今性能が向上してきており、昔よりも熱を大量に出すようになっています。
大量の熱を逃がすためには、より高性能なヒートシンクが必要になりますが、高性能なヒートシンクはサイズが大きくなる問題がトレードオフで発生します。
CPUを高性能化しないといけない…でも熱をうまく逃がすためにヒートシンクを大きくすると、家庭で使用するちょうど良いサイズにならない…というジレンマに陥るわけです。
そこで登場するのが、有機材料グリスから液体金属グリスへの転換です。
液体金属はこれまで使われていた有機材料グリスよりも熱伝導率が5~10倍高いものなので、ヒートシンクを大きくすることなく熱を逃がしやすくすることができます(参考文献)。
まぁそれでもPS5の筐体は大きいですが(笑
液体金属を採用するために講じた対策と特許
しかし、これまで使っていた有機材料グリスから液体金属に切り替えると新たな問題が発生します。
調べてみたところ、液体金属は以下の2つが大きな問題となるようです。
1. 液体金属が漏れ出すとAl(アルミニウム)を腐食する
2. 液体金属は電気を流すため、漏れ出すと電子部品ショートを引き起こす
どちらも液体金属が漏れ出すことによって引き起こされる問題であるため、液体金属を採用した場合、どうやって漏れ出さない構造にするのかが重要となります。
そこでSonyはPS5を発売するために、液体金属が漏れ出さないようにする構造を実現して特許として権利化していますので、ここで紹介したいと思います(図2)。
この特許は日本語で書かれていて誰でも無料ダウンロードできますので、興味のある方はご参考までに読んでみてください(PS5の特許)。
図2. PS5に液体金属を採用するために出された特許
中央に鎮座しているCPUと、剣山状になっているヒートシンクの間にあるのが液体金属です。
CPUの脇にある材料がシール部材と呼ばれるもので、液体金属を外に漏らさないためにこのシール部材が封止する役目を担っているわけです。
シール部材がどんな材料なのか気になり特許を読んでみたところ、ちゃんと特許に書かれていました(図3)。
図3. シール部材の材料
どうやらある程度弾力のある材料のようです。
この特許を読む前の疑問として、PS5のCPUに液体金属を採用して何が特許として認められる点だったのか、というところでした。
特許として認められるためには、既にある特許に対してどこが新しい技術なのか(進歩性と新規性)を明確化し、どういった点がこれまで一般に知られていない技術なのか(公知性)を明確に書く必要があるのです。
この”一般に知られていない”という点が結構難しいのです。
今回の液体金属に関して言うと、液体金属を使用するだけでは特許とならないと考えられます。
というのも、液体金属を有機グリスの代わりにCPUとヒートシンクの間に入れれば放熱しやすいというのは、マニアには知られた技術(公知性がある技術)だからです。
※液体金属を使用しただけの特許はおそらく既にあるため、その点から新規性や進歩性がないと思われます。
ですので、
液体金属を使用 + 液体金属が漏れ出さない構造を構築
の2つが合わさって、ようやく特許となっていると思われます。
そして、この特許を読んでいてもう一つ気になったことが、CPUとヒートシンクの間にこれまで挟まっていたヒートスプレッタがなくなっている点です。
もしかすると有機材料グリスではできなかったヒートスプレッタを取り除いて簡単な構造にすることも、液体金属に変更することで同時に実現できた可能性があるのではないでしょうか。
この点も進歩性や新規性があると判断された点かもしれません。
まとめ
PS5の分解動画を見てから興味半分で特許まで読んでみましたが、なかなか面白い技術が世の中に出回るようになってきていますね。
しかし、製造業に携わっている身からすると、この液体金属使用はかなりハードルが高いと瞬間的に思う技術ですね。
直感的に「漏れ出すとやばい!!!」と誰でもわかりますから、液体金属を採用しようとすると多くの人たちから反対意見を受けることが容易に想像できるからです。
一度成功例が出れば、他社も「既に製品になっているからうちの会社でもできる!!!」と思う人が出始めて、急速に広がっていくわけですが。
その他にも、年間何百万台も出荷される製品にこれまでになかった技術を導入しようとすると、歩留まり問題など多くの課題が山積することにもなりますから、その点でも難しいでしょう。
その第一歩にチャレンジして液体金属採用に至ったSony社員の技術者の方々に拍手です。
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