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しょうがチューブは近接武器じゃない

豚の生姜焼きを作ろうとしたが、生姜チューブを切らしていたことが発覚した。まったく迂闊である。


「生姜だけに、まったくしょうがないなあ!」


嗜みとしてのダジャレを真顔で叫んだ後、僕は近所のスーパーに走った。

鈍色雲に覆われた空は今にも雨が降り出しそうで、行く手を阻むように強い風が吹いていた。


スーパーについた頃には暴風雨の最悪の空模様になった。僕の持ち物は買った生姜チューブだけ。黄色く細長い箱を手にしただけの僕は途方に暮れたが、行くしかない。僕は飛び出した。


僕は走った。生姜チューブの箱をバトンのように持ち、雨に濡れ風に吹かれ、必死の形相で走った。

走りながら思った。この姿は何か大きな事件に巻き込まれたドラマの主人公に見られる可能性がある。


ボイスチェンジャーで声を変えた謎の人物から電話がかかってくる。そして「18時までに駅前広場に生姜チューブを持って行け。間に合わなければセンタービルを爆破する」みたいな指示をされるやつだ。

「なんだと?貴様は何者だ!」
「そんなことを聞いている時間があるのか?あと9分だ」
「くっ!生姜チューブのメーカーに指定はあるのか?」
「ない。一番よく見るあれでいい」
「いつもにんにくチューブと一緒に買ってるやつでいいのか?」
「そうだ。それでいい」
「駅に着いたらどうすればいい?」
「ククク・・・。周囲に生姜をぶちまけ『しょうがないにゃあ』と真顔で絶叫しろ」
「な、なぜそんなことを!」
「フッフッフ、我ら『深淵の変遷者(ダーク・チェンジャー)』の野望の礎となれ・・・」
「くっそぉぉぉ!」

(ドラマチックなBGM)

というやつだ。


そんなことを考え、ちょっとニヤつきながら雨風の中をバシャバシャと走っていたら、ふとある可能性に思い当たり、これはマズいと思った。


もし、いま不審死したら、警察の捜査はかなり難航するんじゃないだろうか。

僕が単に倒れているだけだとしたら、警察はまず転倒か車との接触などの事故の線で捜査を進めるだろう。もしくは暴漢に襲われたなどの疑いで、周囲の不審人物を洗うだろう。

しかし倒れている男の所持品が生姜チューブのみだったら事態は一気に深刻化する。あまりに不審。あまりにも不可解。周囲への聞き込みの内容も「生姜チューブを持った男に何かされませんでしたか?」というものになるかもしれない。


これは県警あたりがでっかい会議室の入り口に『生姜チューブ男変死事件』とカンバンを掲げた捜査本部を立ち上げてしまうことになる。

「まったく意味わかんないですよね、この事件」
「こら新米!愚痴るヒマがあるなら聞き込み行ってこい!」
「そうは言ってもタツさん。手がかりが生姜チューブだけじゃ・・・」
「手がかり、か・・・。無いわけじゃあないが」
「なんすかなんすか。ベテランの勘ってやつですか」
「下らん噂だが、ダークなんとかという組織が関わってるらしい」
「深淵の変遷者(ダーク・チェンジャー)っすか?」
「知ってるのか?」
「今、ネットでちょっとした話題になってる謎の組織ですよ!」
「謎の、組織か・・・。こいつは、ひょっとしてきたな(ニヤリ)」

(コナンっぽいBGM)

みたいなことになるかもしれない。


そんなことを心配しつつ、もう結構ズブ濡れな感じで走っていた僕は別の可能性に思い当たり、慄然とした。

いま敵に出会ったら、どう戦えばいいのだろうか。使える武器はこの手にある生姜チューブだけだ。片手武器としてはリーチが短すぎる。これでは相手に有効打を与えられない。

いや待て。チューブの中には生姜ペーストが詰まっている。ギュッと握ることで相手に生姜を勢いよく浴びせ、目潰しするというのはどうだろうか。

しかし避けられたら危険だ。2発目は使えない。これはチューブがパンパンに満ちているときにしか使えない技だ。

「クェーケッケッケ!そんな武器でオレを倒せると思ったか!」
「チッ!仕方ねえ!とっておきだが、これをくらいな!」
(生姜ペーストをスプラッシュするが、躱される)
「な・・・避けた、だと・・・!」
「ケッケッケ!危ないところだった!もう手は無いようだな!」
「ち、ちくしょう・・・」
「死ねぇー!」

ピカーッ(生姜チューブが眩く光る)

「ギャギャーッ!」
『大丈夫・・・あなたはわたしが守る・・・』
「な、なんだ!生姜チューブから声が」
『わたしは暗黒生命体・深淵の変遷者(ダーク・チェンジャー)から分かたれた、光の心・・・。生姜チューブに憑依して、あなたを見守ってきた・・・』
「光の、心・・・?」
『あなたはわたしが守るわ。残された最後の力、残りの生姜ペーストを使って!』
「よせ!そんなことをしたら、お前は・・・!」
『あなたとの日々、楽しかったわ。覚えておいて、私の名前は、ポーク・ジンジャー・・・』

(荘厳なBGM)

(溢れる光)

(飽きる僕)

(ダジャレの何がいけないんすか?)


ちなみに生姜焼きは美味しくできました。
ハッピーエンド。

サポートされると嬉しさのあまり右腕に封印されし古代の龍が目覚めそうになるので、いただいたサポートで封印のための包帯を購入します。