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うまれたての秋

夕暮れ色した葉っぱがカサコソ
綿菓子を焦がした香りがするの
甘い匂いを放つ特別な木なのかな
墨汁を塗り込めた黒い夜に
ふんわり鼻をくすぐられ
わたしはうまれたての幸せに酔う

父と母のダブルキャストで
わたしがバラバラになりそうな時
胸いっぱいに香りを嗅いだ
結局ポンコツな母で
できることは全力でしたつもりでも
既に必要ないことばかり

キミの髪に染み付いた
スベスベの肌から放つ
咲いたばかりの花に蜂蜜を垂らしたような
作りものではない濃厚な匂い

秋だね、秋だよ
秋だな、秋だ
そうつぶやくのはどんぐりか

この世にうまれた四半世紀前
ずいぶん長く待たされ遅れてきた末に
わたしの命が尽きかけた苦しみの果てに
世界の終わりに全身で抵抗するかの如く
くちびる震わせ わな泣いてキミはやってきた

うれしくて泣きたいのに涙ほどの水分も
すっかり枯れ果てた体で
わたしはキミを無事に送り出せた安堵で
自分であって自分でない感覚を
痛みと乾燥に浸り味わった

誕生日はいつも間違いなく秋晴れ
重すぎた荷物もひとつずつ減っていき
今はもう完璧に身軽になった
それも少しばかり寂しいものだけど

25歳おめでとう
何度目かの恋に破れて抜け殻になった歳
傷にまみれた体でも
キミというまったく別の命が
わたしを通じてこの世にやってきて
もうこれ以上の幸せは ない

わたしはもはやこの肉体は
この世に何かを残す
器でしかないと悟った
わたしであり わたしでない

キミもこの先こんなふうに感じることが
あるだろうか
キミではないもうひとりのキミと出会い
その子を通して世の中を見て
その子を胸いっぱいに嗅ぐのだ

綿菓子の焦げた香りがするよ
秋だね、秋だよ
うまれたての秋だ

そして冬が始まる







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