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銭湯と刺青とタトゥー

ふるーい家で育った。その家は風呂がなく、生まれた時から中学に上がるまで銭湯通い。

その時代(25年前の東京)はもう殆どの家には風呂がついているのが当たり前で、銭湯通いをしている子連れ家族はうちくらい。学校でもうちぐらい。

時々銭湯にやってくる子供達は“楽しみ”としてお婆ちゃんと来てたり。

いつもの時間、いつものメンバー、いつもの席。

名前は知らないけれど、隣近所の人より深い仲のおばちゃん達。

時々商店街で見かけて裸で頭にタオル巻いてないから誰だか判明するまで時間がかかる。
身につけているものであだ名をつける。“紫の指輪のおばちゃん”“コインネックレスのおばちゃん”。

さて、本題。

家風呂のある生活になってからは一度も銭湯に戻らなかった我が家。最近は刺青、タトゥーをお断りする銭湯がある事は知っていたが正直本当に銭湯が“お断り”してるのかな?って思ってた。

というのも、私が通っていた時の銭湯には刺青が入っている人達が男湯にも女湯にも本当に沢山いた。

幼いながら男湯で目にした鮮やかな背中を覚えている。男湯で見るものは女湯では余りお目にかかれない類のもので背中全部を覆っている人が大半だった。

女湯ではカラーは少なく、ポイント的に入ってる人が多かった。特に可愛がってくれたお婆ちゃんは白虎、龍、鳳凰あと何かもう一体。この流れでいくとおそらくあと一体は麒麟かな。シワシワになった腕に描かれてた。普段から着物のお婆ちゃんで服を着ると全て隠れるから街で会うと普通の小さいお婆ちゃん。

どの人も普通で、どの人もその人たちと普通に接してた。

今はタトゥーや刺青がある人を特別扱いしすぎじゃない?と個人的に思う。

不快になるって言う人いるけど、その不快に感じる心の原因探った方がいんじゃ…と思う事がある。

子供ながらに刺青のある肌を触らせてもらったり、間近でジロジロ見たりするのが単純に楽しかった。

でも、もし1人でも「刺青のある人とは仲良くしない!」なんて言ってくる人がいたら楽しい思い出もそうじゃなくなっていただろうな。

もしかしたら当の本人にとってもいい思い出じゃ無かったり後悔してるって事もあり得なくないんじゃないかなと思うと、とやかく言えないかなって。