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一ノ瀬 縫さん「サンティトル」は自分自身への祈りに出会っていく物語

就活に失敗し、捨て鉢な気分を抱えた高柳芽美たかやなぎめぐみがふらっと向かったのは商業施設のビルの屋上。柵をまたいで、足を滑らせて、このまま死ぬのも悪くない――それくらい実人生に倦んでいた芽美の耳に届いたのは、十年も会っていなかった小学校の同級生、ナルセが放った自分の呼び名「タカメ……?」で――。

一ノ瀬 縫さんがステキブンゲイから出版された「サンティトル」を拝読しました。最後のページを閉じて感じたのは、これは一ノ瀬さんが一冊をかけてつむいだ大きな祈りなのではないかということでした。

誰かのために祈るというよりも、自分自身のためへの祈り。何度でも何度でも、自分が自分にかけてあげる白い魔法。

飛び降りてもいい、くらいの気分でいたところを、なぜか偶然同じ屋上にいたナルセにつかまり、タカメは十年ぶりに再会した彼に誘われ飲みに行きます。そこで、思いもよらずナルセと友人が開発したマッチングアプリ事業を手伝わないかと声をかけられます。

アプリを通して暇な時間を持て余す登録者「暇人」が、マッチした時間で「依頼人」の指定した内容を代行し、報酬を受け取ることができる仕組みだという。(本文より)

就活には全落ち、もうやぶれかぶれの気持ちになっていたタカメは、ナルセの頼みを断れず、巻き込まれるかたちでそのアプリ事業の運営スタッフになって――というストーリー。

もう自分の人生にいいことなんてないのかも、と暗い気持ちでいたタカメの生活が、運営スタッフの作二朗さじろうさんやレミちゃんとの関わり、そして多種多様の依頼人たちからの変わった依頼で、思いがけなくカラフルになっていきます。

私は、ナルセが運んでくれた「新しい人生」のなかで、タカメがひとつずつ、ひとつずつ、それはまるで手繰り寄せるかのように、本来の自分自身の望みを取り戻していくのをたしかに見ました。

きっかけは、ナルセだったのでしょう。でも、自分で自分に「大丈夫」という魔法をかけていったのはタカメ自身なのだと思います。自分で自分を信じるという祈りを、たとえゆっくりだとしても、タカメは自分自身で発動させたのだと感じました。そして、出会った先々での「依頼人」たちも、依頼をこなしてくれたタカメ自身が善き日をこの先迎えるように、願ってくれたように思います。

そして、急転直下の事件から、衝撃のラストまで、読み進め、驚き、最後に本を閉じて「このラストは、どういう意味合いがこもっているのだろうか」と改めて考えました。

タカメとナルセの関係に、一ノ瀬さんはあえて名前をつけなかった。「恋人」とか「片想い同志」とか「友人」とか「同級生」とか、ひとつの単語でくくろうとしなかった。そこに、深い意味合いがあるのではないかと。

そして、タイトル「サンティトル」の語の意味を、タカメはラストシーンで思い出すのです。「美しい」という修飾語がこれほど似合うシーンはないな、と胸にしみいるようでした。

衝撃のラストの痛みとともに、タカメはこれから本当に「大丈夫」になっていくのだと、強く強く思いました。それこそ、祈るほどに。

そして、この作品を描き出したのは、一ノ瀬さんの澄みきった流水のような文章でした。並外れて文章の勘がいいのだなあと、一ノ瀬さんの作品を読むたびに普段から敬愛していますが、デビュー作においてもそれは変わらず、ますます磨きがかかっていました。心地いい文章、堪能しました。

ぜひ、たくさんの人に手に取ってほしい作品です!漫画化・舞台化もあるようで、舞台は情報が出ています。舞台の近郊の方は、観に行ってみたらなお「サンティトル」を楽しめるかもしれません。

一ノ瀬さん、すてきな物語を届けていただき、本当にありがとうございました。


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