見出し画像

「静かな語りべ」

 風の穏やかな休日に、彼女は思い立って車を走らせた。
「もう遅いかしら」
ずっとタイミングを外していた、黃葉の並樹を観たかったのだ。
信号待ちにカサカサと音がした。
落葉にしては、強く主張するような不思議な音がもう一度聞こえ、枯れ葉がアスファルトを転がるのを彼女は見る。

「楓」

それは、掌を僅かに窄める仕草に似ていて、確かに枯れていた。風に背中を押されるように、しかし面白そうに転がっていた。

「桜の花びらみたい」

彼女は呟いた。
桜の花びらはひらひらと舞い落ちてもなお、その儚い色も形も留めたまま、地を舞う。
転がるのではなく舞う。
時には、舞い上がる。
雨に打たれ、道路の脇で幾重にも重なったいたとしても、色も形も保っている。
フロントガラスに舞い落ちたひとひらは、桜の花びらであり、また風に舞ってどこかに飛んでいく。

楓はどこに行くのだろうか?

この先、手を広げることはないのだろうが崩れる時を誰も知らない。

「誰も知らない時」
彼女は問う。
瞬時に、複雑ではあるけれども愛おしいと微笑んだ。
楓が語りかけた方向の彼女の頬がかすかに緩んだ。

星)☆


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?