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愛犬の見送り
(亡き骸の写真もありますので苦手な方はパスしてください)
(※1枚目の写真は爆睡中の写真で元気な時の写真です。安心ください。)
昨日、子ども達と一緒にモカを見送ってきました。
写真で見ても寝てる様で、生きてる時の寝てる写真の方が死んでるみたいで。
何がいつもと違うのか実感今でもない。
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17時45分頃、私の肩の上に顎乗せしてたモカに、
『ご飯作ってくるから待っててね』
そう言って布団の上に取り残してキッチンに向かった。
しばらくして私のあとを追う様に、私のいるキッチンに続くリビングへ
自分で歩いてきた。リビングのこたつ布団の上に丸まって。
私がご飯を作り終わるのを待ってたんだろう。
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自分がこれから死んでしまうかも、なんて事は考えず、たぶん私が待っててね
って言ったから、本当に大人しく良い子で待っていたんだろうと思う。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/72073090/picture_pc_321942412d7bd683aaca7300f04dac41.png?width=1200)
ご飯もできて、モカの隣では次男が座ってご飯を食べていた。
ダイニングテーブルでは、母と私と長女とがご飯を食べていた。
これだけの家族が同じ空間にいたのに、誰もモカの息が止まった瞬間が
分からない。ご飯食べ終わった私がモカのところに『お待たせ』って
いった時に動かないことに気がついたくらい。隣でご飯食べてた次男さえ
気づいていなかった。モカも自分が死んだなんて気づいてないと思う。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/72099920/picture_pc_63af1ba54abeffe0c30f1770f8899c76.png?width=1200)
食後の歯磨きタイムの子ども達に『モカ死んじゃったかも』って言った
時はまだ温かくて、目も開いてて。私すら実感が持てずにいた。
『こいつ何言ってるんだろう』次男はそう思ったそうだ。
『モカ、モカ』みんなで何回叫んだろう。誰が揺すってもモカはシッポ
を振ってはくれなかった。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/72099960/picture_pc_5d5fbbe9067a0562e10cdc2301515d57.png?width=1200)
誰も状況が掴めない中、私は長女にモカのベットを持ってくるよう頼んだ。
まだ、温かく、柔らかく、いつものモカと何も変わらなかった。
一生分くらいこの2日で泣いた。私は目や顔が腫れて亀になってるそうな。
モカは良い子すぎた。
モカのダメなところ、嫌いなところ、家族の誰もが思い出せない。
最期も私が『ごはん作らなきゃいけないから待っててね』って言ったから、
リビングで大好きなみんなの気配を感じながら、私の邪魔しないように痛いのも
苦しいのも一人で耐えて待ってたんだとおもう。
心臓も悪くてお腹もぱんぱんだったし、カッカッていう咳がでたり、最期の
1週間は呼吸も苦しそうでほとんど寝れてなかったと思う。
それでも最期まで庭でトイレしてくれたし、手のかからない子だった。
酸素室に閉じ込めようと、酸素発生器も購入したんだけれど、モカはみんなと
一緒にいる事を最期まで選んだ。最期までモカらしい生き方だったのかも。
2階からお風呂が終わって階段を降りてくると階段の下でいつも待ってくれてたモカ。
買い物から帰ると玄関で待っててくれたモカ。私といつも一緒に寝てくれたモカ。
シッポを振って灯油ストーブを太鼓みたいに叩いて喜ぶモカ。食事のあとはみんな
の服で顔を拭く綺麗好きなモカ。
亡くなった夜は朝まで私の布団で一緒に寝ました。
朝、モカの大好きだったみんなのいるリビングに移し、出発の時間まで
子ども達に囲まれて過ごしました。モカの体に顔をうずめて、匂いとあの感覚を
子ども達はおのおの身体に染み込ませているようでした。
モカが来た時は小学1〜2年だった長男の運転で火葬場へ向かいました。
1週間ほど前にたまたま長男が購入した車が納車されたばかり。私も含めて
家族ではじめてのドライブがモカと一緒になりました。
子ども達はコロナがなかったらいつもならスノボに行ってたと思う。3連休の
初日はモカと久しぶりにゆっくり一緒に過ごせて、2日目はみんなで揃って
ゆっくりお見送りが出来た。そして3日目の今日、ゆっくりモカだけのことを
想える。今日は朝から雨で雪になるかもの天気予報。数字前も大雪だったけど
奇跡的に昨日は暖かいドライブ日和だった。
何もかも出来すぎたタイミング。モカは良い子すぎるんだから。
命日は2月のわんわんの日だね。
と長女が言う。忘れるなって言うんでしょ、ね、モカ。
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これが指の骨、爪の中にあった骨、人間で言う喉仏。
50分ほどでモカは小さな骨になりました。嘘みたいに小さくなりました。
骨と対面して『可愛いね』って自然に言ってました。
骨まで愛して、なんて歌が昔あった気がするけど、私たちはモカの骨さえ
愛おしく感じました。
『モカ、一緒に帰ろうね』
骨壷に手で骨を拾いました。次男はこっそりモカの骨を食べていたらしい。
少ししょっぱかったって。私より上がいた。
モカが骨になって帰って来ても、モカの爪の音が聞こえそうだし、こたつ
からひょっこり現れてくる気がしている。
風呂が終わって階段を降りればモカが待ってくれてるのを期待していた自分
に気付かされる。いつも踏みそうなところで伏せして待ってたモカ。
次男はときどき、モカの最期にいたところを見て撫でてたりする。
モカの存在は大きすぎて、空いた穴がこれからどうやって埋まっていくのか
想像もつかない。
でも、もう痛くないよ。
もう苦しくもないよ。
よく頑張ったね。もう頑張らなくて良いからね。
絶対またどこかで会おうね。
たぶんモカなら約束守ってくれる、そんな気がする。
私のところに来てくれてありがとう。
モカが私たちを大好きでいてくれた事忘れない。
私たちもモカがこんなに大好きだったって事分かってくれてるよね。
大好きだよ、モカ。
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