MONODRAMA 5
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A:台本に、『涙がこぼれる』と書かれているシーンで、相手の台詞がまったく頭に入ってきていないのに、きちんと泣ける自分がいることに気がついて。それで何かがおかしくなっているって思ったことがあったんです。
U:ああ。
A:しかもそのシーンを、監督やプロデューサーにほめられてしまったときに、何だか周りをだましているみたいな気持ちになってしまって。
U:だましてる?
A:そう、だましてる。
U:そっか、だましてるか。
A:そういう風に思うこと、ウルシバラくんにはない?
U:うーん。今はまだないかな。もっとお芝居続けていけば、そういうこともあるのかもしれないな、とは思います。
あの人はな、ほんまプライベートと芝居ん時でめっちゃ印象違う。清純派とか言われてるけど、煙草吸ってるし。別人になり具合がワカバヤシと似ててめっちゃやりにくかった。
別の雑誌には、ミュージシャンとの対談が掲載されている。ウルシバラは、どんな記事においても、必ず芝居について聞かれている。
T:涙を流す芝居をするときって、頭の中で何を考えてるんですか?。
U:ええと・・・あんまり何も考えてません(笑)
T:さすがだねえ。
U:いや・・・うーん。逆に何考えてるんですか?
T:俺はね・・・正直に言うけど、いじめられてたときのことだね。俺、小学生のときにバスの中でその、漏らしちゃったんだよね。
U:ああ、その話ラジオでしてたの聞いたことあります(笑)あ、でも笑っちゃいけないのか。
U:いや今はもういいのよ(笑)俺は俳優が本職じゃないから、そういう風に具体的なことを浮かべないと泣けない。お漏らししたときのことでもいいから、とにかく泣かなきゃ!みたいな。でもほんとその時のこと浮かべると泣けてくるんだよね、ほんとにパニックだったから。
T:でも台詞が飛んじゃったりしませんか?。
T:いや、するする。というか、究極それは芝居じゃないしね。
U:芝居じゃない?
T:うん。だって俺は芝居の中で恋人が死んでも、頭の中にあるのは漏らしたときの思い出だからね(笑)。
U:ああ、そういうことですか。でもそしたら頭の中からっぽなのだって同じようなもんじゃないですか?
T:ううーんそうなのかな。でもほんとに泣くときって頭からっぽじゃん。
U:ああ。確かに。そうですね。そうか。
いや、ミュージシャンとしては好きやけどな。でももう俳優なんて、ある意味芝居上手い人がやるもんじゃないんかもしれんと思ったわ。出てる人のタレント性だけが重要っていうか。だってあのドラマ、視聴率二十五パーセントやで。悪いけどめっちゃしょうもない話やのに。
あるいは、有名なインタビュー番組の名前がマジックで書かれているDVDが出てくる。
こんなこと言うと大役者みたいですけど。
ウルシバラはそう前置きする。カメラは、斜めからウルシバラの表情をとらえている。
正直あんまり映画とか舞台とかドラマって観ないんです。いや、観ますけど。でも多分観ている数は普通の大学生よりちょっと多いくらいのものだと思います。それよりも僕が芝居のためにやってるのは、読書です。本は同世代の誰よりも読んでるんじゃないかって思っています。ジャンルとか古典とかそういうのは気にしないですけど。乱読です。別に物語をたくさん読んで、そこから色んな感情とか人物像を知って、とかそういうことでもないです。とにかく『本を読む』という行為自体が、芝居の時に役に立つんです。ああやって物語の中にぐっと入り込んでいる時と、芝居を演じている時の感覚は、僕にとってものすごくよく似ているんです。そういう感覚を覚えておくんです。
「へえ、そうなんや。まあでもお芝居する人は結構読書家多いやんな。現場の空き時間に読んでる人、結構ようけいはる。特に最近の若い子はみんなあんまり共演者と絡みたがらへんから、本読んでる子ようけ見かける気がする。こいつもやけどな」
ウルシバラは口元を押さえて笑った。
「こいつ最初めっちゃ愛想悪いなーと思てん。俺が前通っても本読んでて気づけへんかってんな。最初台本読んでるんかと思たら分厚い文庫本や。あん時もぐっと入り込んどるっちゅー感じやった。そうやウルシバラくん、あれなんやろ、芝居してる時の自分が見えるんやろ?」
ああ、すごく上手く演じれたなって時に、芝居をやってる自分の後頭部が見えたことがあって。
「おおー」
客席からも、ええーというわざとらしい簡単の声が聞こえてきて、ウルシバラは照れくさそうにはにかんだ。白い歯が美しく並んでいるのが見える。
いや、まだ一回しか見えたことないんですけど。
それ、わしの師匠も言うてたことあるわ。高座に上がって噺始めて、ええ調子で喋れてると、ふと自分の頭が見えてくるって。何か違う世界に入った!って思うんや言うてた
ほんとですか。僕もそのとき『ゾーン』みたいなのに入ったなと思ったんですよね。
俺そんなんなったことないわあ。君より長いこと芝居も高座もやってんのに。
落語家がそう言うと、客席から笑い声が漏れた。
でもほんとに一回だけですよ。しかも練習のときでしたから。
そうなんや。もう俺は頭禿げてしもてるから、そんな見たいとも思わんな、自分の後頭部。
ははは、とウルシバラは口を開けて笑う。
「それってつまり、幽体離脱みたいなこと?」と、落語家は尋ねる。「それ、もう役柄に身体取られてしもてるのとちゃうの」
「かもしれません」
「ほんまに芝居のバケモンやなあ」
「そんなすごいもんじゃないです」
ただ、僕がその時自分の後頭部見ながら思ったのは、「なんでこの人、こんなに必死こいて芝居しとるんやろ」ってことでした。
ウルシバラ。
「ほな演じてても結構冷静なんやな、自分の頭見えてるわとかゾーン入ったわとか思うくらい。逆や思てたわ。夢中になってほんまに役になりきってるんやって」
「いやそんなことないですね、全然。多分そういう人もいると思いますけど、僕は全然そうじゃないです」
「どっちかって言うと俺もそやわ。俺意識せえへんと関西弁出てしまうねん」
ああ、わかりますわかります、と言うと、落語家は大げさな声で「ええ、ウルシバラくん関西なん!全然気づけへんかったわ!」と驚いた。ウルシバラはまた照れ臭そうに「よし、めっちゃ練習しましたからね、上京してきたときにマネージャーと」と言って笑った。
でもな、ウルシバラくんと芝居するとめっちゃ気持ちええってみんな言うねん。ベテランの人もやで。これは一緒に芝居してみんとわからんと思うねんけど。
落語家はそう言って客席を見やる。
なんやわからんけど、こいつとやるとみんな役にぬるーっと入っていけるねん。
落語家はウルシバラが今回共演した大物俳優の名前を出した。
「その人が芝居してるとき冷静なタイプなんか入り込んでいくタイプかわからんけど、その人も俺と同じこと言うてたで。あいつと芝居すると何や自分がどこ立ってるかわからんなる。催眠術みたいや、不思議な俳優やな、て」
「光栄です、ほんとに」
その、初めて「ゾーン」に入ったときっていうのは、高校時代演劇部で友達と芝居してたときなんです。多分そいつも「ゾーン」に入ってて。もうお互い演じている自分を止められないというか。だから僕は、そうやって相手の中にあるその役を引っ張り出して来れるみたいに言ってもらえるの、とても嬉しいんですけど、多分僕も相手によって引っ張り出されているんだと思います。自分の中にある、その役の一部みたいなものを引っ張り出されて拡大させられている。それは一人じゃなかなかできないと思います。
相手の中にある役。外側を取り巻いている皮ではなくて?と僕は思う。
例えばシャイニングとかもそうですけど、結局一番怖いのってジャック・ニコルソンよりシェリー・デュバルが怖がってる顔じゃないですか。やっぱりああいうの見ると、芝居っていうのは一人でできるものじゃないのかもな、と思います。
ウルシバラは噛み締めるようにして言う。カメラが下からウルシバラの表情を捉える。スタジオの照明で目がキラキラと光っている。大きくて丸い目に、カメラのレンズが写り込んでいるのがはっきりと見えた。
「次はちゃんとご飯とか食べに行こな。こいつめっちゃ付き合い悪いねん。でも大学もちゃんと行ってるんやもんな。ようけ本も読んで、えらいよな。いや、ほんまよう考えたらまだ二十一とかそんなんやろ?化けモンやな」
それでは、ウルシバラくんのこれからに期待です。今日はありがとうございました。みんな映画観に行ったってや。すごい芝居観れるから。
ぶつんと画面が切れて、黒い画面にウルシバラの部屋にいる自分の姿が写り込んだ。その虚ろな目と目が合った。
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