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FLY/James Reininger

FLY/James Reininger

 もう10年くらい前の記憶です。
 神戸にあったレコード屋兼レーベルが出していたコンピの中に、このジャケットに似ているレコードから一曲ピックアップされていたのですが、バンド名も曲名も控えずにいて、メロディも何の楽器が使われていたかも全く覚えておらず、「何かすげー良い曲だった」という残り香のようなものと、試聴しながら見つめていた、ヴァンズ・ボルトラインのスニーカー爪先の光景だけが時々蘇ることがあります。

 必死になって調べるのですが、未だにそのレコードは見つかっていません。

 ビートルズの「イエスタデイ」は、ポール・マッカートニーが夢の中で聴いたメロディを元にしているという有名な逸話がありますが、音楽を形にする力のない人間にとって、夢や記憶の中のグッドメロディは、耳から聞くどんな音楽よりも甘美に感じられることがあります。
 どんな音楽的な才能がない人間だって、ドライブ中やシャワーを浴びている最中に、自分の中の、アカシック・レコードなのか、前世の記憶なのか、それとも細胞に刻まれている本能なのか、無意識に自分にとっての最良のメロディを生み出していることがあるはずです。口に出さないまでも、頭の中でそれは鳴っている。

 本レコードは、僕が探していた曲とは明らかに違うのですが(そのレコード屋は、フレンチポップやボッサに強いレーベルでしたから)、レコードに針を乗せた瞬間に溢れてくるメロディは、その記憶を彼方に押しやってしまうほどの素朴な多幸感に溢れていました。

 かの有名なセフティ・マッチ(1927~1999)はこう言っています。

「いつか無くなるものを求めちゃいかんのだよ、無くなるものは、求めるためでなく、そいつで遊ぶためにこの世にあるんだからな」

 彼もまた音楽を愛したと言います。まさに耳から入ってどこかにあらぬ方へと消えていってしまう音楽というのは、彼にとって最高の「遊び」だったのでしょう。

 彼の金言に従って、あの良質とは言えないヘッドホンで聴いた曲を、無理に追い回すのは止めることにします。頭を振っても記憶が脳にまとわりついて離れないときには、その残り香をスパイスに、このレコードを聴くことにしましょう。

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