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35年前の東京での会社員時代、事務所に訪ねて来た親子の外国人から、1本の讃美歌集カセットを買った

もう35年近くも前の事である。

大学を卒業後、親戚の伝手で就職した会社の事務所はJR池袋駅・北口のそばにあった。

クリスマスも近いある日の事。
事務所に、幼い男の子を連れた外国人のセールスマンが入って来た。

男性は白人だが、男の子は黒人の血が入っており、ニコニコしていた。

用件は、「讃美歌の入ったカセット・テープを買ってくれませんか?」というもの。要は、セールスだった。

事務所には、事務員の若い女性もいたし、それこそ部長クラスの人間もいたのだが、誰も彼らを相手にしなかった。
完全に無視しており、明らかに親子がそのうち出ていくのを待っている雰囲気があった。

私は入社して数ヶ月だったが、それが我慢できなかった。
特にこの男の子の悲しそうな顔を見たくなかった。

私は声をかけて、彼から音楽カセットを1本購入し、拙い英語で、「メリークリスマス、とても可愛い坊やだね!」と伝えた。
セールスの男性(今思えば、彼は伝道師或いは修道士なのだが)は、にっこり笑い、親子は安心したように事務所を出て行った。

直後、私の横におり、無言を貫いていたくせに普段は威張り散らしている ひとつ年上の先輩の姫路出身の男は、「お前、あんなん いちいち買うことないんや!」みたいなことを得意そうに私に言った。

一事が万事と言うが、何もかも私とは価値観の合わないことばかりの、その会社を、それから数週間後くらいで私は辞めた。

その後、テープは一度少し聴いただけで、どこかに放っておき、その後その存在を長く忘れていた。

☆彡

先日、実家を訪れた際、母親がそのテープを持ってきて、「これ、いいね。いつも寝る前に聴きよるとよ」と言った。

どうやら関東から長崎へ引っ越す際に、一度両親の家に荷物を送ったのだが、その荷物の中にそのテープが紛れ込んでいたらしいのだ。
まったくもって忘れていた。

テープのケースをあらためてよく見るとタイトル名は「アヴェ・マリア」で発行者は「女子パウロ会」とある。

女子パウロ会はその後、自分もよく知るようになった有名なカトリックの修道会だ。
聖パウロ女子修道会とも言い、1915年(大正4年)にイタリアのアルバで創立された由緒ある修道会である。
写真は創立者の一人、テクラ・メルロ。

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曲もグノーやバッハなどクラシックの巨匠ばかりの名曲を集めたもの。
母のお気に入りになったのももっともな物だったのである。

35年前、私のいた会社では、その親子は正体のわからない外国人セールスマンで、「無視すべき存在」として扱われていた。

それが長い時を経て、年老いた母を癒している。
母は健康ではなく、かなり心身も弱ってきているのだが、このテープは文字通り「救い」となっているのだ。

そんなことは、あの親子も今、夢にも思わないだろう。
しかし、現実なのである。



私は35年前の自分の行動を、褒めたいと思った。


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