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中学校美術教育について考える ② 中学生に美術教育は必要なのか?

希望を抱いて?入学した、群馬大学教育学部美術科では、また違う空白の時間が待っていた。
ざっくり言うと、高校時代は「受験暗記の強制」で、大学時代は「空白の放任」であった。
入学してまず課せられたのは、「足りない木炭デッサン力の補習」だった。
この時、「デッサン力の無い者が、いかにしてデッサン力をあげられるか?」というテーマで研究したならば、それは教育学部として、将来の美術教育に役立ったのであろうが、そうではなかった。
ただ、「お前らは、入学までに何をやっていたんだ」といった教授の怒り顔は、今でも覚えている。
結果、その時の補習は、今に至るまで何の役にもたたなかった。
つまり、教育学部なのに、やっていることは「私立の美術系大学に行けなかった者が、美や芸術を追及するといったもので、完全に私は、はみ出し者となった。当然、同期の仲間ともしだいに離れていった。

インスパイアされたのは、群馬大学の付属小学校で体験した教育実習だった。これが、先に付属中であったら、もしかすると教師の道は目指さなかったかもしれない。

2週間ぐらいの期間だったが、これが最高に面白かった。
配属されたのは1年生だったが、私は1年生たちに、身も心も「とり憑かれ」てしまった。
廊下を歩くときは、両肩に2人をオウムのように乗せ、両足に1人ずつしがみつく。つまり「4人の一年生」を体につけて歩いていた。
こんな姿で校内を歩いている実習生は、おそらく私一人だけだっただろう。
しかし、この時の経験が、私を教師にした。

実習最後の日には、折り紙や手紙などを山のようにもらった。その中には、私が子どもがサッカーをしている絵があった。私は、中央でニコニコしており、なぜか傍らには犬もニコニコと参加していた。
その絵は、今でも仕事部屋に貼ってある。(つづく)




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