Trust in love⑥
「うおおおい!ビックリするじゃねえか」
驚きまくるリベルテ。
「ヴィダ、今戻ってきたのか?」
「おかえり。お疲れ様」
ソラとリクの方が冷静に受け入れていた。
「ただいまもどりました。
ちょっと岩がなかなかどけられなくて、途中で細かい土砂が落ちてきたりと
一瞬では戻せないそうなんです。無事滝が流れたら、
すぐに水を転送してもらうことにしていますので、
もうしばしお待ちください」
ぺこり、とヴィダはぼくらに頭を下げた。
「いいよいいよ。
滝のことはヴィダが悪いんじゃないし、
現世で起こっていることが影響しているなら、やっぱりぼく達にも責任があるから」
「そうだ。俺ら現世の人間のエゴであるべき生態系を壊したからな…こうやって目の当たりにすると、よくわかった」
リクは神妙な表情をしていた。
小さい頃から
自然が好きなリクのことだから、きっと胸につまされるものがあるのかもしれない。
「一部の人間のしていることですし、中には自然を愛し、
ナチュラルな生活をされているかたもいます。
お二人が地面にごみを捨てたり、木々を切り倒したりはしないとわかっております。
これからもその気持ちのまま、いてくだされば嬉しく思います」
ヴィダは穏やかな表情を浮かべていた。
「まだちょっとかかるなら、ヴィダもすこし休めよ」
リベルテがヴィダにホットミルクを差し出す。
「あ、ありがとうございます。
いただきます」
ヴィダは温かいミルクを冷ましながら、ゆっくりと口に運ぶ。
「そういえば、みなさん受付の仕事はどうでしたか?格好がそれぞれ個性的ですけど…」
下に花がないことを確認するとヴィダは腰を下ろした。
「なんやかんやでいろいろあったけど、どうにかこなせたよ」
まだロングヘアーでナース姿のぼくに
「それはなによりです。衣装もお似合いですよ」
「なんていうかな、いずれ現世に戻れば忘れてしまうと思うけど、貴重な経験だった」
リクも感慨深げな表情を浮かべていた。
「そういってもらえると、ありがたいです。リクさんもお医者さん姿とメガネがお似合いですよ」
ぼくらは照れくさくて、顔を見合わせて苦笑した。
「ねえ、ヴィダはどうして天界の人になろうとしたの?」
さっきリベルテの話をしていたと言うと、
ヴィダはホットミルクを一口飲むと天を仰いだ。
「私はね、修道院の前に捨てられていたのだそうです。
そこで育てられ、聖歌隊として、活動していました。
親の顔はおろか、私の名前もわからなかった。
聖歌隊には…いえ、私には裏の任務がありました。
育ててくれた教皇や、教会を支援してくれているパトロン、いわゆる権力者の相手です」
その『相手』が何を指すのか…。
ぼくもリクも推測できた。
「でも、絶対逆らうことなんてできません。それに、大きくなれば用済みです。
私は、当時あまり宗教画を描く画家がいなかったので、
画家になろうと決意したんです。神様は、こんな汚れた私でも受け入れてくださる。
そう信じて描き続けました。」
「そうだったんだ…」
ぼくの言葉に
ヴィダはかすかに頷いた。
「しかし、わたしには何のコネもありません。とにかく日々の生活のために仕事をしなくてはいけなかった。
そこで街郊外のところで
偶然であった老夫婦に、働かせてくださいとお願いしたんです。
体力的に農作業が苦しくなってきていた
ご夫婦は、快く私をうけいれてくれました。
ときには取れた作物を売りに、街の市へと行くこともありました。
絵は小さいサイズのものですと、
信心深い方が買ってくださったり、そういうときもありました」
「そこでは、穏やかにすごせたんだな」
リクがヴィダに優しい目をむけていた。
「はい。でも幸せは長く続きませんでした。
宗教画を売っている不届きものがいるということで、
私はとらえられました。神を冒涜していると。
そして処刑されることになりました」
唯一信じていた
民衆の前にこの身をさらされ、
愛する神にすら裏切られるなら…と処刑場につれていかれる前夜に、
幽閉されていた塔の窓から身を投げました。
今度は神の愛を信じられる世界にいかせてくださいと願って」
「ヴィダ…そんな、そんなことって」
ぼくは姿形の美しさだけでなく、ヴィダの高潔な魂が
受けた仕打ちに胸が痛くなった。
「ソラさん。泣かないでください。いま、私は神の愛を感じられる場所にいますから」
ヴィダがやさしく微笑む。
「この場合は自殺とはとらえられないんだな。まあ、処刑されるって時点で、本人の意志でないもんな」
リクの問いに、ヴィダは大きく頷く。
「そうです。これが時代や事情を考慮されたケースバイケースです」
「そうか…そして、ヴィダは神様のお手伝いがしたくて、天界の人になったの?」
「そういうことです。まだまだ天界でも勉強の日々ですけどね」
「よかったね…最後に願いが叶って」
苦しかった現世のヴィダ、天界で忙しいながらも幸せにすごしている今。
「報われてよかった…」
ぼくはずっとリベルテのハンカチで涙を拭っていた。
リクがそっとぼくの肩を抱いてくれた。
「人間、みんな、誰かに必要とされたいもんね。好きの反対は無関心。嫌われるよりも、忘れられるほど悲しいことはないよね」
リクの腕に力がこもる。
お互い、同じような目にあっていたから。
無視は加害者の協力と同じ行為だ。
「神といえば、宗教的な意味をもちますが、
本当はあなた方一人一人、魂のなかに神はいます。現世ではそれをわすれているだけ。
魂の色はその人そのものをうつす心でもあるんですよ」
「だからヴィダは大切にしてほしいって言ったんだね。体を痛め付ければ、心がダメージをうけて、それは魂にも影響してくるから」
「そうです。現世ではそれぞれの経験が違いますが、基本は同じなんです」
リクはぼくの腕を離して
肩を寄せてきた。
ぼくはそっとちょうどおさまりのいい位置に頭をのせた。
そのとき。
ぼくらの間に一陣の風が吹き抜けていった。
「おっ!終わったみたいだな」
いち早く気づいたリベルテが立ち上がる。
ホログラムから、作業の終了と
水の転送の連絡が来た。
つづく
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