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教科書を読む「ごんぎつね」⑪

いよいよ、ごんぎつね。最終回です。
新美南吉峠に迷い込み、今や底知れない愛を感じています。

うるさく解説して来ましたが
じゃあ本当に言った通りに読めるでしょうね。
読んでごらんなさいよ。
と言う方もいらっしゃるかと思いますので
色々仕事が落ち着いたら
じっくり読んで朗読をこのnoteにあげたいと思っています。

では解説最終回、行かせていただきます。

そのあくる日もごんは、栗をもって、兵十の家へ出かけました。兵十は物置で縄をなっていました。それでごんは家の裏口から、こっそり中へはいりました。
 そのとき兵十は、ふと顔をあげました。と狐が家の中へはいったではありませんか。こないだうなぎをぬすみやがったあのごん狐めが、またいたずらをしに来たな。
「ようし。」
 兵十は立ちあがって、納屋なやにかけてある火縄銃ひなわじゅうをとって、火薬をつめました。
 そして足音をしのばせてちかよって、今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんは、ばたりとたおれました。兵十はかけよって来ました。家の中を見ると、土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました。

さあ、今まではごんの目線で語られていましたが、新美南吉、ここからは兵十の目線に変えています。凄いです。
希望をもって全くの善意で栗を持って出かけていくごんと、
何らかの悲劇を予感させるようにじっとりと兵十が縄をなっているシーン。
ごんは〜、兵十は〜、とちゃんと対比させて読んでください。
兵十の「ふと顔をあげました。」も即物的なテンポで、そこに躊躇はありません。
ごんぎつねめ」にも注目です。今まで兵十がごんを認識したのはうなぎを盗まれた時、あの時はぬすっとぎつねと呼んでいましたが、ここではあの「ごんぎつねめが」に変わっています。ごんの意味を調べると「ごんた(権太)」1 わるもの。ごろつき。2 いたずらで手におえない子供。浄瑠璃の「義経千本桜」の登場人物とも書かれています。この瞬間、兵十にとって
このきつねはゴロツキでしかないのです。ごんはただただ兵十に健気にうごいているのに。
「ようし」も悲しい言葉ですね。
どちらかというと間抜けでおっとりした人物として描かれて生きた兵十、
凶暴な人には見えないのに、これから家の中で、銃をぶっ放すのです。
兵十は、立ち上がって、」からはスピード感を持って。
焦りと恐怖と色々な感情を言葉に乗せて行きます。そしてドンとうちました。です。ドンやばたりはもちろん強く発します。
兵十はかけよってきました。そこまでスピード感は保ったまま。
そして最後はゆっくり、「土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました」です。いつも置かれている栗の置き方と一緒だ・・。ここで、兵十の気付きが、始まっていくのです。

「おや」と兵十は、びっくりしてごんに目を落しました。
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
 兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口つつぐちから細く出ていました。

「おや」まだここでは?クエッションマークです。
ここからは一行一行、兵十の気づきが変化し落差が激しくなっていきます。
そしてこの最後のセリフ。もうこの物語全てこの一行のセリフのために展開されてきたと言っても過言ではないです。
「ごん、おまえだったのか、いつも栗をくれたのは」
縄をなってる間に来たのはごんしかいない。感謝に染まる前の唖然とする驚き。もしかして自分は大変なことを犯してしまったのか。ごんにすがるように確かめるのです。
それに対してごんはぐったりと目をつむったまま頷きます。弁解ではない、ああよかった。兵十と繋がれた。一方的な友情が報われた瞬間です。少しの喜びの感情を持って読んであげたいです。
「火縄銃をばたりと取り落とし。」兵十は初めてここで全てを知ります。今までの憎しみが、ごんに頷かれた瞬間、全てが白日のもとに晒されて、
その意外な結末へのショックと、取り返しのつかないことをしてしまったことを知るのです。

孤独な狐が、だれかと関わりを持ちたいと、無垢に生きてきた結末。
誤解の中に生まれ得る悲劇。

またいつか新美南吉の世界にどっぷりと浸かりたいです。

2020、7、24 TBSアナウンサー堀井美香