俺のおやじ、ミノル 【其ノ拾玖】 俺のおやじ、ミノルは、イナゴとりに夢中になって、俺を生け贄にするところだった
生後まだハイハイしかできなかった頃、
おやじは俺をつれて稲刈り後の田んぼに
イナゴを捕りに出かけた。
今はだいぶ減ってしまったが、
数十年前は、稲を刈った田んぼで
素手でぽんぽん捕まえられるほどの
大量のイナゴがとれたものだ。
そのイナゴを、麻でつくった手製の巾着袋に
押し込んで持って帰り、
天日干しにし、羽根と足を取って
醤油と酒と砂糖で煮込んで
佃煮にして食べる。
おやじはこれが好物だった。
ということで、おやじはイナゴとりに
我を忘れて夢中になった。
それはいいのだが、
我どころか、俺の存在も忘れてしまったらしい。
しばらくすると、
「ポーッ、ポーッ、ポォ~~~~~!!!!!!!!!」
とものすごい汽笛が鳴り響き、
蒸気が黙々と立ちのぼった。
当時はまだぎりぎり蒸気機関車が
現役で走っていたのだ。
「なんだ?」
父がそのSLのほうを振り向くと、
駅を出たばかりのSLからなにやら怒鳴り声が。
みると、なんと、SLの前方の線路上に、
ハイハイして登ってしまった俺がいた。
咄嗟に巾着袋もぶん投げて
田んぼに足を取られながらも
線路に上って俺を抱き上げ
滑る落ちるように避難したおやじは
運転士にこっぴどく怒鳴られたそうだ。
今なら警察沙汰だろう。
俺は、なぜかそのときおやじにだっこされて
SLを見送っている光景を、おぼろげながら覚えている。
これが、俺の記憶でいちばん古いエピソード(?)だ。
まだ駅に近かったから、機関車も走り始めたばかりで
しかも直線だったので、助かったらしい。
頼むよ、おやじ!
イナゴの佃煮の代わりに
生け贄にされたんじゃ、洒落になんねーよ(笑)
ぴーこ
実家にいた頃は、俺にはおやじはいるのか?と思うくらい、夜遅くまで呑みあるっていて顔を見る機会も少なかったおやじ、ミノル。晩年は缶ビール1本を飲むか飲まないか、というレベルの酒量でしたが、それでも楽しく嗜んでいたようです。おやじへの酒代として大切に使わせていただきます。