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俺のおやじ、ミノル 【其ノ弐拾参】 〔番外編〕 俺のおふくろ、ノブコは救急車で●●●を押さえて一命を取り留めた


この話は、番外編ではあるが
恐らく本シリーズで最強の話になると思う。

そろそろ紹介しても良い頃かと思ったので
情景を思い浮かべながら読んでいただけたら幸いである。

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さて、俺のおふくろ、ノブコはほんとうに凄い。

あれは、俺が4歳の時、肌寒い真夜中のこと。

おやじ、おふくろと3人で寝ていたのだが
(じいさんもいただろうか?)

なんだか急にざわざわしたので
薄暗い中、眠い目をこじ開けてみると

どうも様子がおかしい。


おやじはすっ飛んで隣りの家に
電話を借りにいき
(まだ家には電話が引かれていなかった)、


おふくろはとても神妙な顔をしてじっとしている。

そのとき、おふくろは臨月だった(と思う)。


もうすぐ、俺に弟か妹ができるはずだった。


どのくらい時間が経っただろう。

遠くからサイレンの音が近づき、
家の前で、救急車が停まった。


それは、あっという間だったとも言えるし、
何時間も待ったような気もする。


実際には、消防署の距離から考えて
10分くらいだったのではないかと思う。


すぐさま、消防隊員が家の中に入ってきて、
土間から担架を寝室に上げ

おふくろを乗せて、慎重に運び出していった。


そして救急車に乗せられたのだが、
なんとおふくろは、

まるで鬼でも睨むようにギッと目をこじ開け
何を見ていると言うわけでもなく、

ただ1点を見据えていた。


そのとき、おふくろは、「妊娠中毒症」だったのだ。


俺は何がなんだか事情を呑み込めないでいたが、
おふくろが闘っていることだけは、
4歳の子どもなりに、理解した。


翌日、おふくろが入院した病院で、
おふくろの母、つまり俺のばあちゃんと
いっしょに「妹」と無言の対面をした。

まるですやすやと眠っているような
可愛い顔だった。

あとでおふくろの妹、
つまり俺のおばから聞いた話だが、
誕生してから7〜8時間にわたり
生死の狭間をさまよった末
悲しいかな、息を引き取ったそうだ。

おやじはその赤児に「けいこ」と
名付けたとのこと。
恵子だったのか慶子だったのか、
いや桂子か佳子か稽古か(それはない)
………なんてことは
今となってはわからない。

かたや、おふくろは、一命を取り留めた。


実は、あの夜、救急車に乗せられたおふくろは

溢れ出んばかりの出血を
手でしっかりと押さえていたのである。


そのおふくろも、10月で82歳になった。

普段は小言の多い母親だが、

「生」に向き合うこの凄まじいまでの執着については
とても俺はおふくろの足元にも及ばないなと思う。

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それにしても、である。
こんな一大事でも、ミノルはやはり、ミノルであった。

救急車から担架を運び出してやってきた
消防隊員の一人が俺の親戚のおじだったのだが、

この話に話題が及ぶ度に、おやじは
「あのやろう、俺のうちに土足で上がってきやがった!」
と文句を垂れていた。。。


おやじ、命がかかっているときに
そんなことボヤいている場合じゃねーだろうが。


ぴーこ


実家にいた頃は、俺にはおやじはいるのか?と思うくらい、夜遅くまで呑みあるっていて顔を見る機会も少なかったおやじ、ミノル。晩年は缶ビール1本を飲むか飲まないか、というレベルの酒量でしたが、それでも楽しく嗜んでいたようです。おやじへの酒代として大切に使わせていただきます。