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新人銀行員の僕が配属初日に起こった出来事の話 1/2

大手都市銀行のひとつに入行した新人の僕は、とある地方支店に配属された。まずは、その配属初日の出来事であり、しばらく続く災難のはじまりの出来事からお話しようと思う。

「お待たせしました、ふじ銀行門前支店でございます」
「支店長をだせ」
・・・??? どういうこと? いきなり怪しい電話だ・・・

「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
「俺だよ!いいから支店長を出せ!」
・・・いきなり支店長出せってどういうこと?しかも怒ってる?
研修の時に習った絶対支店長に電話を繋いではいけないパターンに一致する・・・

「申し訳ありませんが、お名前だけでも・・・」
「おれがわからんのか?お前誰だ?」
・・・うわ~、怒鳴られた・・・
「申し遅れました、私、・・・」

僕が名乗ろうとするや否や、電話は切られた。

・・・やってしまった!配属初日にお客さんを怒らしてしまった・・・

配属初日の新人の最初の仕事で、顧客を怒らす大失態をしでかすとは・・・
ただでさえ、自分の新人として評価が低いとわかっているにもかかわらず、
その新人が、初日から役に立てる唯一の仕事「電話応対」で、失敗するなんて・・・。

私の銀行員人生は、最初からつまづいた。その後、「つまづき」は、多少の平穏の時期をのぞき、おおむね3年半、暗黒の時代が続くことになるのだが・・・

さて、焦った私は、自分の席の真後ろにいる総務のベテラン社員に、
「申し訳ありません、最初から、お客さんを怒らしてしまいました!」
「どうしたの?」
「いきなり、支店長につなげって言われて、名乗らないお客さんに、名前を聞いたら、お前誰だ?って怒鳴られて」
「はあ~、さては門前商事の宅間社長だねぇ~。あの社長名乗らず支店長に電話かけてくるんだよね~、最初から災難だったわね~」

その直後、もう一度電話が鳴る。
「あ~、きっと宅間社長だ。私電話出るね!

大変お待たせしました、ふじ銀行門前支店でございます。
・・・
先ほどは大変失礼しました。
・・・
本日から門前支店に配属された新人でして、何卒ご容赦くださいませ
・・・
申し訳ありません、それでは支店長につなぎますね」

「宅間社長が、さっきの電話誰だっ?って聞いてきたから説明しておいたよ、研修で電話応対を習ってきたと思うけど、それにこだわらなくていいからね」
「ありがとうございます。真剣にビビりました。新人最初の仕事でお客さんを怒らしちゃったので、もうパニックです」
「本当に災難ね~、まあでも、あれば例外だから気にしなくていいよ」
「すみません、少し安心しました」

3週間の新人研修を経て、昨夜、研修所からこの街にやってきて、そこからなんだかうまくいっていない。

研修最終日の配属店発表の夜、東京都心や大都市圏に配属される同期の中に、そこから漏れて地方郊外店に配属されたわずかな同期。あきらかに研修では目立たなかったか、評価が低そうな人が、そこに充てられているのは明らかであり、私は、自分が会社から、評価も期待もされていない人間だとわかって愕然とした。

研修修了式を終えて、配属店のある街へ向かう駅で、都心や大都市圏に向かうため新幹線のぞみを待つ同期よりも先に、さびしくこだまに乗り込む自分が、やけにみじめに思えた。昨夜のショックから、あまりその後のことは記憶に残っていないが、ところどころ、おぼろげな記憶と、非常に寂しい門出の気持ちだけは、今でも覚えている。

特にその日は、どんよりとしたくもりだったことも、私の記憶を、より暗く寂しいものにしている。

研修では、それぞれが配属に地に向かい、降り立った駅からは、独力で独身寮まで行くように指示をうけていた。
こだまを降りてとぼとぼと改札を降りたら、やにわに、ずいぶん疲れているが関西弁かつべらんめぇ調の強面おじさんに声をかけられた。

「君かな、こっちに配属になった新人は? このくそ忙しいのに新人が迷って独身寮にたどりつかんと困るっていうから、今年は迎えに来たんだけど。今から寮に送ったる、あ~ それから藤森言いますんで・・・」

そのおじさんに連れられて、ちいさな軽自動車に乗り込んだ。
独身寮へは15分ほどでついた(はずだ)が、誰もいないはずの駅で、強面関西弁おじさんに声かけらて、車に乗せられ、「独身寮」なるどこかへ連れていかれている今の状態は一体どういうことなのか?あまりに予想外の展開に、理解が追い付いていかない。もしかして、うまく仕組まれた拉致事件に巻き込まれたらのか?そのおじさんの風貌は、その可能性を十分漂わせてくれる。矢継ぎ早に、質問したり、世間話をしてくる強面おじさんの話を聞き、質問に答えるのが精いっぱいであったが、こっちから話す間を与えないのも怪しい。だって、僕にとっては、先入観ではあるが、典型的な関西(大阪)のべらんめえ調っぽく話すおじさんに、知らない土地に降り立った若者を拉致して、信じられない事件に巻き込まれていく・・・こんなストーリーはありうる

・・・この人だれ?・・・

独身寮と思しき、ボロボロの木造2階建てのアパートみたいなところに着いた。そして、そのおじさんは、独身寮にづかづかと入っていき、まかないのおばさんを紹介してくれたあと、その小さなアパートを案内してくれた。

1階に玄関と食堂兼居間(LD)があり、奥には、そのまかないのおばさんの部屋、手前には共同の風呂トイレ洗面所がある。2階には4部屋ほど、6畳和
室があり、そこが寮生の住まいである。

見た目も作りも、ほぼ一刻館(※)である。
※ 漫画「めぞん一刻」に出てくる木造ボロアパートのこと

ただ、現在独身寮は4人いて僕はあぶれる。そこで、結婚予定のある寮生が
結婚して社宅に移るまで、1階のまかないのおばさんの部屋を使わしてもらうことになった。ちなみにまかないのおばさんは、近所に住んでいるので、部屋はほとんど使っておらず、僕がその部屋を使っても困らないようだった。

独身寮である「一刻館」を一通り案内してもらったあと、食堂でおじさんと手持無沙汰の時間を過ごした。食堂のテーブルに、急須とお茶の葉とポットが置いてあったので、

「お茶入れましょうか?」と声をかけた。
「おーすまんな、君から何もしゃべらんから、気い効かんやつかと思った」
「いえいえすみません」
「君、茶の入れ方ちゃんとできるやん」
「恐れ入ります、ところで藤森さんは寮長さんですか?」

おじさんは、半分吹き出しつつ、機嫌をすこし損ねて
「立場上、寮長も兼ねてるが、寮長の仕事はいっこもせえへん。
 こう見えても一応副支店長やってまして。まあ副支店長言うても
 大して偉かないがな」
やや、嫌みっぽく卑下した口調で答えた。
まじか、支店のナンバー2で偉い人ではないか、
「大変失礼しました。明日からお世話になります」
「まあ僕ぁ、君の世話係やないから、君の世話せぇへんけどな
 なんか質問あらへんか?ないなら支店戻るで~」
「今日は、お迎えにご案内ありがとうございました」

どうやら、この質問が、社会人としての最初の失態だったことは、
この「一刻館」に来た初日の夜に判明する。







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