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蓬莱の妃 2章1節 《火の章》 §4



登場人物


 東乃 遠行(とおの おんぎょう):出生場所、年齢不明の京都在住の修験者。陰陽道に長けているものの性格に難があり、元々所属していた所から追放になってからはフリーで京都特別地域内にて裏仕事を行なっている。【火】の能力者として不完全ながらもトップクラスの能力を持っている。性格は起伏が極めて乏しいが相手に対して煽る傾向がある。

 ガントレット:本名不明。《帝》側から依頼されて宮内家の動向や妨害活動をしているエージェント。世界中で暗躍している【モルガナリアス族】から独立して暗殺稼業などを行っており、彼自身はイデオロギーでは動かず金銭的な事のみで動く信条を持っている人間。

 我真 総持(がしん そうじ):日本共和国において現在公式に《帝》と呼ばれている人物。代々我真家というこの国における陰陽道における家系の中心的役割の人間。しかしながら現在のお飾り的な存在に不満を持っており何らかの動きを既に起こさせている。性格は冷淡で自己中心的。元々能力者としては平均より上との評価で奈良の我真家の党首である我真新や富士吉田の宮内家姉妹からは劣っていると言われているが・・・

 春原 芽(すのはら めい):輝夜のモデルとして若干後輩であり友人。趣味はソロキャン、スピ巡り、遺跡巡り。彼女も黒田から影響され乗り鉄と言う趣味に目醒めた。公には隠しているが元々密教系の「能力者」でもあり、日々の鍛錬の一連という事で時折輝夜とフィジカルトレーニングをする事も有る。術式の能力をさることながら格闘センスは能力者としてトップクラスとの事(輝夜談)。後日、輝夜の「付き人兼世話役」の一人として過ごすことになる。



§4 一杯の珈琲が人間として最後の安寧【午前8時前 遠行語り】


《久住真由佳との戦いで相当なダメージを負ってしまった東乃遠行は、この日の夜なんとか宮内姉妹家の隣にある旧社に潜り込む事に成功した。翌朝遠行は『とある人間』と合流する為に旧社の裏山中腹にある『隠れ家』に向かった。》


 俺は現在昨晩隠れていた宮内の社から《帝》の協力者が居るとされる隠れ家まで移動している所だ。

 この辺も今日ぐらいには宮内の狗たちに彷徨かれる可能性もあるので、エネルギー探知されないレベルまでエネルギーカットしながら俺から見て東側に聳え立っている君子山への道を徒歩でゆっくりと上っていった。

 本当ならもっと早く移動する事は容易なのだが、あくまでも俺はあたかも山に生息している獣が道に出ていると言う感じをエネルギー上で擬態しながら移動した方が『スキャン』されても人間として認識されずらくなる事をこの街に来るまでに実証したからこそわかった。
 とは言え、あまり神経を張り詰めても仕方がないと思ったので俺は歩きながら周囲の様子をのんびり観察していたら、この道沿いの左側に先程まで隠れていた社以外に比較的後世に建てられたとされる神社跡らしき物を見つける事が出来た。

 「ん、此処はもう社が消えておるな。三角鳥居は建っておるが殆ど手入れされていないと思われるが・・・確かにこの近辺には人が住んでいない、と言うか奴の話の通り此処まで人が来ないと言う話は本当らしい。
 所々火山弾で焼かれてしまった木々が点在しておるな。」

 俺は自分の端末の《メモ帳》に貼り付けてある地図を眺めながら、今自分がいる位置を自然物の位置から此処がどの付近を探ろうしつつ確認をしていた。

 「うむ、判りずらい。だが流石に今地図アプリを立ち上げるのはまずい。
 今奴らに探られるのはこれから行く場所を教える事と変わらない。念の為に電波をカットしているから端末をつけていても大丈夫だが・・・まぁ辛うじて道らしい跡は有るから、これを辿って行けば良い。」

 この道の路面は草が生い茂っているからどの部分まで道なのか判りずらいが、一応車は通れるぐらいには整備らしき物はしているらしいからまともに上まで通っている道はこれしか無いので迷いようがない。

 更に上に進んで行くと、今まで草と木しか無かった風景から明らかに人間の手によって整地されていたと思われる場所に到着する事が出来た。
 そこにはログハウスが2軒建っており、片側のログハウスには明らかに人が住んでいないような状態だったので多分もう一つの何とか住めそうな感じのログハウスが今回の作戦に向けて我々側が購入した物だろう。

 それにしてもこのログハウスを見ると廃墟までは行かなくても人が住んでいる感じでは無い。
 しかしながらこの建物しかアジトとして存在し得る物が無かったので、この建物の入り口と思われる木の扉に立ち中の様子を『リサーチ』しようとしたらその扉が開いて中に居た男が出てきた。
 その男は目の前に居る行者服を着ている俺を見て若干ぶっきらぼうに、

 「あんたが東乃遠行さんだろ。中には今俺しか居ないから安心しろ。」

 と言ってきたので俺はリサーチを止めてその男に軽く一礼をしてから建物内に入った。

 「外側は一応簡易的なカムフラージュとして廃屋っぽくしているが、中はちゃんと文化的な生活は出来るようになっているから心配しなくても良い。
 あんたがいつまで居るかは判らないが動く時までのんびり過ごしてくれ。」

 「有り難い。此処に来るまで色々妨害が有ったからちょうど一息つきたかった所だ。」

 「それと、今抑えている【力】だが、この建物内では抑えてなくても大丈夫だ。この建物自体にエネルギーシールドを常に施しているからあんたが不快にならないぐらいに解放しても大丈夫にしてある。」

 と男が言ったので俺は抑えていた力を緩めながら、

 「有り難く緩めさせて戴く。何しろ此処は敵地真っ只中だから普段の状態ではすぐに判ってしまうので、正直のところ此処まで歩いて来たと言う肉体的な事より歩きながらも周りへの擬態という事でエネルギーを抑えていた行為自体が一番辛かった。」

 と言って普段のエネルギーレベル近くまで緩めた。その緩めたエネルギーに対して男がちょっと呆れながら、

 「・・・まぁそんだけのエネルギーだったらわかる奴ならあんたの方を振り向くだろうな。」

 と言いながら、男から俺に対して一種の畏怖感を持っているのを感じてしまった。
 だからと言ってこの後怖気ずいたりして無言になるのは流石に辛いかなと思ったので話を続けてみた。

 「ところで、この建物を見ると単なる別荘という感じでは無いが。」

 「俺はその点に関して詳しい事は判らないが、買い取った奴の話によると此処は別荘兼カフェの併設だったらしい。
 今いる場所を見ると一般的な家に有る物より大きめのカウンターや業務用のキッチンが有るのでわかると思うが。」

 「確かに普通の別荘という感じでは無いのはわかる。それで此処を買い取った奴はお主らの仲間が買い取ったのか?
 そう言えば、お主の名を訊いておかないと。」

 と俺が言うと、男は右の口角を上げシニカルな表情をしながら台詞を言った。

 「・・・まぁ俺の名を今訊いたとしても、あんたは要件済ました時点でこの世からオサラバするのだろ・・・まぁそれでも本名は言う訳にはいかないからコードネームと言う事で名乗らせて戴く。
 今回は『ガントレット』という名で活動をしている。」

 「ガントレットとな。それがコードネームと言うなら余程の戦闘マニアなのかい? それとも単なる思いつきなのかい?」

 「まぁ、このコードネームは俺が付けた物では無い。一応コードネームと言っているぐらいだから組織から与えられた名だ。
 まぁ俺にこの名を付けた奴と言うのが大のRPGマニアでかつ戦闘ゲームマニアだから付けたのだと。

 この名前を付けた奴が趣味でやっているゲームでよく出てくる武器らしいが、俺をみた時何となく響きが良かったから俺に名付けたのだとも言っていた。
 此処で本当の事をちょこっと言うと俺は戦闘マニアというより暗殺稼業が本業だ。この国に居る間は暗殺稼業は禁止されているからしていないだけどな。

 あとこれは俺個人の話にはなるけど、当初俺はこの国に逃げ込んだ一族の人間の所在を追うためにこの国に来たのだが、その該当する人間が現在この国の軍隊所属だと判ったので流石に俺一人ではどうしようも無くなっただが、このまま何もしないで手ぶらで国に帰るのも心苦しかったという事もあり一つ仕事を請け負ったという事だが、ついでという割には随分時間が長くかかってしまったものだ。

 それに仕事内容がこの別荘で東乃遠行と言う者が来るまで待機をして、遠行が来たら作戦までその者を匿う事をするだけと言う事だから仕事としては非常に緩かったけど報酬がかなり良かったから請けただけだ。

 それより今俺はちょうど朝食を摂っていた所だからコーヒーを淹れてある。それでも良ければ飲むかい?」

 とこのガントレットと名乗っている人間の話を聞いて、この流暢な日本語を話せる黒人系の《ハーフさん》暗殺者にとって今までやっていたと言うのが、俺をこの隠れ家でただ待っていたという事が仕事になっていると言うを知り、俺は少々イラついてしまった。

 しかしながら、コイツが組織で用意したこの建物に居なければこれから行う重要な作戦が出来ないので、こいつに対して気持ちを悟らせないように改めて気持ちを切り替えて大人しくコイツの誘いに乗ることにした。

 「・・・俺は普段コーヒーなんぞ飲むような習慣が無いが、何故か今は飲みたい気分だ。戴けるなら戴きたい。」

 「わかった。アンタの口に合うかどうかは保障しかねるが、使っている水はこの手前の道をもう少し上がると先に元々温浴場と【ご霊水】と言う場所が有りその霊水から採った水だから水に関しては保障できる。・・・まさかアンタの弱点が霊水じゃ無いだろ?」

 「・・・まぁ俺が作られた存在とは言え霊水が弱点とはなっておらん。安心しろ。」

 と俺はコイツに本当の事を冗談っぽく言いながら近くに有った木製の椅子に腰掛けた。

 その間ガントレットはいつも使っているとされる無地白のマグカップと部屋内にある木製の作り付けの食器棚から同じようなカップを取り出し、コーヒーサーバーが置いてあるテーブルに向かって行きサーバー内にあるコーヒーを淹れ始めた。
 然程狭く無い部屋では無いが、彼が淹れたコーヒーの香りがコーヒーサーバーから2Mぐらい離れている俺の鼻腔にも伝わって来たので思わず、

 「うーん、こういう香りを感じるのは久しぶりだ。此処に来るまで散々焦げ臭い香りと土臭い香りしか無かったから漸く落ち着ける感じだ。」

 と俺は珍しくほっとしたと言う感情を吐露した所、

 「・・・遠行さん、余程エライ目に遭って此処まで来たのだな。今の台詞から容易にアンタが辿って来た物を察する事が出来る。多分ほんの少しの間だけだが落ち着いてくれよな。
 それで出来ればお前さんに訊きたい事が有るので一息ついたら話しをしたい。」

 とガントレットから同情を含んだ感じの台詞を吐かれて俺は何とも言いようが無い感じになった。しかしながらコイツに業務連絡として伝えておく事が有った。

 「分かった。だがそれらを話す前に、というより今から30分後に昨晩俺が隠れていた旧社と呼ばれているらしい所に仕掛けた【罠】を発動させる。その罠についてもその時に話すのでそれでも良いか?」

 「構わぬ。実は俺はまだ朝食の途中だったから先ずそれらを片付けさせてくれ。」

 とガントレットが言い、朝食を摂りに居室のある方に引っ込んでしまった。俺も今頃になって今までの肉体的な疲れと気をずっと張っていたので緩めたかった。

 「ん、俺もちょっと時間まで少し熟睡でもするか。コーヒーを飲んで眠くなるというのはいささか矛盾している感じもあるがな。」

 と言い、目の前のテーブルに両手と顔を伏せると程なく眠ってしまった。

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6,188字
既刊している電子書籍が1記事1万字以内程度に収まるように再編集しておりますので空いた時間に読めます。

富士吉田生まれ育ちの美人姉妹で能力者である宮内輝夜・咲夜姉妹が活躍するファンタジー小説の本編の2章目にあたる《火の章》の1節目の作品になり…

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