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後藤明生『挾み撃ち【デラックス解説版】』(つかだま書房)

後藤明生『挾み撃ち【デラックス解説版】』(つかだま書房)

「あの外套はいったいどこに消え失せたのだろう?いったい、いつわたしの目の前から姿を消したのだろうか?このとつぜんの疑問が、その日わたしを早起きさせたのだった」

今年で生誕90年を迎えた「内向の世代」の作家・後藤明生。『挾み撃ち』本文に加え、豪華な解説のついた決定版です。当店のある埼玉県の地名も登場するので取り扱おうと読んでいたら、あまりの面白さに後藤明生フェアを開催したり、読書会に参加したりと思わぬハマり方をしてしまいました。

20年前に失くした外套の行方が「とつぜん」気になりだし、かつて住んだ場所を一日訪ね歩く、という筋書きではありますが、少し妙な構造をしています。

というのは、主人公・赤木はその一日のことを、山川という男(結局何者なのか?)を待ちながらお茶の水橋の上で回想しているのですが、回想の中にさらに「とつぜん」思い出される記憶が挿入される。それは自身の生まれ故郷である朝鮮のことだったり、戦後少年時代を過ごした福岡のことだったり、大学に入るために出てきた東京や埼玉のことだったりする。つまり、時間の構造がものすごく入れ込んでいるのですね。

読後に振り返ってみれば「複雑な構造をしているなあ」と感じるのですが、読んでいる間は「とつぜん」始まる饒舌な回想や、久しぶりに会うおばさんや友人との噛み合わない会話がおかしく、かつ短文が続くので、テンポ良く読ませるのです。読ませはするけれど具体的に何かが起こるわけでも、カタルシスが得られるわけでもない。ただただ、主人公のどこにも行けなさ、所在のなさがひしひしと伝わってきます。

さまざまな矛盾する主義主張や思考の間で挾み撃ちになっている現代の私たちこそ、今読むべき作品だと思います。

『挾み撃ち』も作中に登場するわかしょ文庫『うろん紀行』や、後藤明生に関する小特集を組んでいる『代わりに読む人0 創刊準備号』も合わせてどうぞ!


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