志の輔“薫風”独演会〜桑原あいのピアノと「千両みかん」

「薫風」、広辞苑(第七版)には、<青葉の香りを吹きおくる初夏の風>とある。確かに季節はそうだが、世の中は荒天が続く。この「立川志の輔“薫風”独演会」も、初日(5月11日)は緊急事態宣言に伴い中止、私の持っていた12日の公演も危ぶまれたが、無事開催の運びとなった。

幕開けは、伝統芸能を舞台芸能へと創造する集団「和力」が、疫病退散を願い神楽を披露。続いて上がった立川志の輔は、自身の作「ハナコ」を演じた。日本人がよく使う、“あらかじめ”をネタに、温泉旅館で繰り広げられるドタバタ劇である。私は初めて聴いたが、日常のアルアルを切り取り、デフォルメして一席に仕立て上げる、志の輔らくごの名品であった。

休憩後、登場したのはジャズピアニストの桑原あい。一度聞いて見たかった演奏家である。最近作の「Opera」は、5人の著名人の「桑原あいのピアノで聴いてみたい!」曲を含む、ピアノソロアルバム。この日は、アルバムの曲の中から、“ニュー・シネマ・パラダイス”、志の輔が選曲したビル・エバンス作曲の「ワルツ・フォー・デビー」が演奏された。透明感のある、爽やかな、まさしく“薫風”であった。

再度登場した志の輔。前半は新作だったので、後半は古典だろう。マクラから話に入る、若旦那の病気、気の病、旦那と番頭の会話〜「千両みかん」である。志の輔が持ちネタにしていることは知っていたが、録音も含めまだ聴いたことがない。

「千両みかん」他の演者では聴いているが、いつも難しい噺だと思っていた。季節は夏、若旦那は、時期外れのみかんを食べたくて気の病で伏せる。手に入れることを安請け合いする番頭は、旦那からの多大なプレッシャーのもと、みかんを求め、みかん問屋の「万惣」を訪れる.......

同系の話では「崇徳院」がある。神社の茶店で偶然遭遇したお嬢さんに一目惚れした若旦那。ところが、どこの誰か分からない。唯一の鍵が、お嬢さんが残した崇徳院の「瀬をはやみー」という百人一首の歌。これを頼りに出入りの職人がお嬢さんを探しに街に出るという一席。もちろん簡単ではないが、噺自体がよく出来ていて、笑いのツボも多い。

一方で、「千両みかん」について桂米朝は、夏場にみかんが食べたくて<死ぬの生きるのという病気になる>という無理な設定で、<この無理を、不自然さをお客に感じさせないように、自然に噺を進めていくことが大事>と書いている。(米朝落語全集第四巻)

この為には番頭の造形が極めて重要だと思うが、志の輔はこれを見事に造っていて、かつそれをこの話をエンターテイメントに仕立て上げる演出に繋げている。「万惣」の主人との会話に、少し気になったところはあったが、志の輔版「千両みかん」、他にはできない"志の輔らくご”と昇華されている

感染防止の為、規制退場であったが、“追い出し”に流れるのは、桑原あいが奏でる“デイ・ドリーム・ビリーバー”。贅沢な“風”だった

*TV番組「落語のピン」の映像がYouTubeにありました。1993年の高座。初めて見ましたが、既に感性の域です



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?