イースターには「マタイ受難曲」〜バッハ・コレギウム・ジャパン
イースターの週末、聖土曜日に東京オペラシティで、J.S.バッハの「マタイ受難曲」を聴く。演奏は、鈴木雅明率いる古楽器オーケストラ、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)である。
「受難」は、キリストが捕らえられ十字架に掛けられる苦難である。そして「受難曲」は、「受難」が起きたとされるイースターの聖金曜日の礼拝で演奏されてきた。バッハは「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」の二つを残しており、イースターの季節になると、ロンドンでもこの二曲が盛んに上演されていた。
日本で「マタイ」を聴く機会がなかったのだが、ようやくBCJでそれが叶った。そもそも、世界的にも名高いBCJだが、ライブに接するのは今回が始めてである。
クリスチャンの方からは叱られるかもしれないが、「マタイ受難曲」で描かれる世界は、ドラマチックである。
冒頭の合唱で、全ての人の罪を背負い犠牲となったイエスを目撃するエルサレム市民と信者の声が歌われると、イエスの言葉によって、彼が十字架にかけられることが予言される。その後、ユダの裏切り、最後の晩餐を経て、イエスは捕らえられ、前半が終了する。
後半は、イエスが大祭司の審問にかけられ、続いて総督ピラトの審判を受ける。結果、十字架刑となり、イエスは埋葬される。
これだけでも、十分劇的であるが、ベタニヤの女がイエスに香油を注ぐ場面、キリストを裏切ったユダが悔恨し自死する場面など、印象的なエピソードが出現する。
中でも、私が好きなのは、「ペテロの否認」である。イエスが捕縛された後、ペテロは3度、キリストと一緒にいたのではないかと問われる。しかし、ペテロはイエスなど知らないと否認する。すると、たちまち鶏が鳴く。そこでペテロは、かつてイエスがペテロに対し、「鶏が鳴く前にお前は私を知らぬと三度否むだろう」と予言したことを思い出し、<激しく哭いた>。
この言葉に続き、「マタイ受難曲」の中でも最も有名なアリア、“憐れみ給え”が歌われる。自分に火の粉が降りかからないように、愛した人、あるいは愛してくれた人を裏切らざるを得ない状況というのは、いつの世界にもあるもの。ペテロはこうした状況に陥ってしまうのだが、深く後悔し、イエスがこの世を去ってから、ペテロは弟子の中のリーダーとしてキリストの教えを広めることになる。
音楽はもちろん美しいのだが、左右に振り分けられた歌手/コーラスと演奏が、さらに立体的な世界を作りあげる。また、様々な楽器がフィーチャーされ、飽きさせない。
休憩挟んで3時間を超える演奏時間だが、長さを全く感じさせない。オペラのような豪華なセットや演技はない、純粋な音の世界であるにもかかわらず、誤解を恐れずに言うとエンターテイメントとして素晴らしい。そして、キリスト教徒でなくとも、様々な思いを抱く内容が作品に込められている。
勿論、そう感じさせてくれた原動力は、BCJの素晴らしい演奏、歌唱であった。日本にいるとイースターといっても感じることはないが、「マタイ受難曲」で少しだけイースターを体験した
*レンブラントの「ペテロの否認」
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