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“三人娘“の系譜の中に〜BSフジ「HIT SONG MAKERS〜昭和のアイドル誕生の秘密を探る」(その1)

2月25日にBSフジで放送された「HIT SONG MAKERS〜昭和のアイドル誕生の秘密を探る」、なかなかに面白い番組だった。

かつて、“アイドル“として一世を風靡した歌手の方々が登場し、当時を語る。新しい発見も沢山あった。“アイドル“という言葉が一般的になったのは、いつ頃からだろうか。番組では、渡辺プロの“ナベプロ三人娘〜スパーク三人娘“として、中尾ミエと共に売り出された、園まり伊東ゆかりが出演するが、自分たちは歌手であり、アイドルだという認識はなかったと話す。

御三家とか、三人娘、高三トリオという呼ばれ方はしたが、“アイドル“ではなかったし、“スター誕生“だった。辞書を調べると、言葉としては古く、広辞苑によると、<あこがれの対象者>という意味で、二葉亭四迷が「浮雲」の中で使っている。1887〜1889年に発表された<言文一致体を用いた近代写実小説の先駆>である。

横道にそれるが、2月26日放送、徳光和夫「路線バスで寄り道の旅」のゲストが伊東ゆかり。彼女は、米軍キャンプでポップスを唄う仕事から始め、その延長線上でデビュー、そうした中、ある時渡された曲が“小指の思い出“。伊東ゆかりは、自身が歌って来たポップスとは全く違う曲調なので、これは園まりに譲りたいと駄々をこねたらしい。最終的には、自曲として唄うことになり、爆発的なヒットになる。1967年、当時私は幼稚園の年少だったが、この曲は頭に刷り込まれている。

三人娘の“元祖“は美空ひばり/江利チエミ/雪村いずみであり、“スパーク三人娘“、新三人娘(小柳ルミ子/天地真理/南沙織)を経て、高三トリオ(念のため、森昌子/桜田淳子/山口百恵)となる。こう並べると、この系譜のどこかで“アイドル“的な要素が登場したように思える。

改めて、デビュー年を調べると。小柳ルミ子/天地真理/南沙織は1971年。森昌子は1972年、桜田淳子と山口百恵は1973年と、リアルタイムでフォローしていた私の体感よりも、はるかに短いサイクルで動いていた。それだけ、子供の時間というのは長かったのだろうか。

そして、この合間に二人の歌手〜“アイドル“がデビューしていて、番組に登場した。一人が麻丘めぐみ(“演歌のビクター“が初めて売り出したポップス歌手)、もう一人がアグネス・チャン。

このアグネスの話が面白かったので、明日紹介する


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