ジエ子さん。第1回
【はじめに】
「ペルソナ・マーケティング」という手法が世の中にはあるらしい。企業が、自分が対象にしている顧客を一人のキャラクターとして具体的に想像し、そのキャラクターがどういう行動をとるか、そして、そのキャラクターの行動しそうなことにあわせて、企業が商品やイメージ戦略を練る、というやり方だ。↓参照
マーケティングをするために、具体的なキャラクターを作る、というのは面白いと思った。
僕の主宰する劇団も、観客が少ない。なので、このマーケティングの手法で、お客さんを沢山呼びたいなあと思った。
それで、考えたのだった。
ジエン社(というのが私の主宰している劇団の名前なんですけど)の、これから「顧客」になってくれるような人は、どんな人なのか。どこで暮らしていて、何を思っているのだろうか。
そんな彼女の事を小説風にまとめたら、どんな風になるんだろうと思って、それで、してみた。
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【ジエ子さん、と呼ばれてしまう】
「慈恵」という漢字で、誰に「やすえ」って呼んでもらえるだろう。
今日もクライアントさんに「ジ、え……ジエさん?」と戸惑わせてしまって、消え入る声で「やすえです」と申し訳なく返す。気まずかった。入社して2年目ということで、初めて一人でクライアント対応を任されたのに、そこを入口に、会話がほとんどできなかった。まだ2年目だから仕事の話ができる範囲は限られている。
それにどうせ、私はチームでチーフをやるわけではなく、とにかく穏便に、でも聞くべきところ、質問するべきところだけ気を付けて、ちゃんと話をきいてればいいよ、と言われているだけだ。あと、「先方に可愛がられなさい」とも。
そこに、私は腹が立っている。
可愛がられるってなんだ。
24歳の私は、東京の企画会社で正社員として働いている。
「日本アイデーアール企画」という会社で、今年で2年目だ。会社の仕事は「ビジネスプロセスアウトソーシングサービスの提供」という、何言ってんだがよくわからないが、まあビジネスのアウトソーシングのサービスの仕事であり、2年前の私はとりあえず正社員にならないといけないと危機感を煽られて、なんとなくやる気を出し、まじめに就職活動をした結果、正社員になった。同期は4人いたけれど、そのうちの一人は5月を待たず辞めてしまった。
職場は池袋にあり、正確に言えば、地下鉄有楽町線要町が最寄りなのだが、職場の皆は池袋までの通勤定期を通勤補助で落としている。
「ジエ子さんはまじめだからな」
会計の人にそういわれながら、領収書の数が少ない私を心配してくれる。
「いいんだよ、ちょっとした飲みとかの領収書も、経費なんだから。そりゃあ、デートとかで使ったのがバレバレなのはだめだけど、先方と仲良くなって、一緒にご飯を食べるっていうのも、立派な仕事なんだから。遠慮しなくていいんだからね」
と、かなり年上なのだけれど、職歴でいえば2年先輩の社員の男にたしなめられている。
なんでこう、「デート」って単語を交えたりするのか。これはセクハラではないのか。
あと、ジエ子って。
いつの間にか職場の皆には「ジエ子さん」とあだ名されている。このあだ名は、入社してすぐの花見の席でつけられた、いわばこの会社の儀式のようなもので、「名づけ部長」と呼ばれている太った男性社員が、新入社員4人にひとつずつ名前を付けてくる。「君は髪の毛がキューティクルだから、キューちゃんだ」。とか、そういうレベルの。
そこでわたしは、「ジエ子」さんになった。いじれるところが「本名の名前が読みにくい」くらいしか、私には特徴がなかったのだろう。
ちなみに、同期の辞めた一人というのは、その「キューちゃん」だった。
(「ジエ子さん。」つづく)
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