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あるいは青空の話。

あのころのことはもう何年も前のことなのに、未だに焼け付いて離れない。どうしてこんなことに。
路地の裏からひそひそ声が聞こえてきた気がして振り向く。感覚を研ぎ澄ますが誰もいない。気のせいだ。あのときから、影がつきまとう。
すぐそこではパレードがあるのに、陽気にあてられて足も動かない。かけてゆく馬の蹄が煩い。
煩い。
煩い・・・・・
疲れ果てたまま壁にすり寄るようにして背を任せる。ようやく息を吐けるココチがした。

どうしてこんなことに、
なったんでしょうか。
あなたはどこへ消えてしまったんでしょうか。包帯を解いても、眼帯を解いても、
もう二度と開くことのない瞼の奥に、憎らしいほどの青空がある。

『俺さあ、天使って恋人がいるんだよね。』

『え?』

先生の言葉をつい真に受けてしまった。昼間。はなたれた窓。青空、瓦礫・・・
たくさんの机に囲まれてしかし、僕と彼だけしかいない。簡素な教室。自分だけの特別な居場所。
一瞬本気にしかけ、遅れて頬が熱くなる。このころは直に彼の顔を見ることができた。肩まで伸ばした茶髪に、切れ長の青い目。スラリとした体形。長身。いつも長い黒服を身にまとっている。穏やかそうな雰囲気のなかに、茶目っ気のある、そんな印象。

「あはは、冗談だよ。それに俺は、別に恋人なんていらない。俺にはすべきことが山ほどあるんだ。だから、一種の逃走癖さ。」

無邪気に笑う。山ほど、か。閉鎖された学校だというのに、この人はなにも変わらない。顎に手をあてたかと思えば、窓を向いたまま。

「でも天使が恋人か。悪くない。」

「一方通行でしょ。」

「それを言っちゃおしまいだよ!?」

「だって、本当にいるか分からないじゃないですか。」

「いるよ。」

あまりにはっきりした答えだった。彼の瞳の中に強い陽光をみた。

「お前のなかにも、俺のなかにも。理不尽から、不条理から、暴力から、自然を守るために。」

「自然?」

「自然ったら自然、本来だよ。俺が知るわけないだろ。俺が知るのは自分であることだけだ。お前ももうちょっと自然になったほうがいいぞ?痛って!」

「・・・子供じゃあるまいし。」

手を振り払い、なんとなく気まずくなって足元をみる。風がやわらかに通ってくる。ふと見れば、途方に暮れた、というより、物思いにふけっているようだった。

「だがな、天のために理不尽がまかり通って、利他の精神が踏みにじられるくらいなら、俺は初めからヒトとして生きるよ。それでも、手元にあるのが蝋燭一本の火だけであっても、残ったものがきっと天なんだろうさ。」

やがて一つの記憶が溶けていく。それは灼熱。舞い散る火の粉とともに、校舎の残像だけがゆらぐ。
いい天気だった。
それは誰も存在できない、青空だけの天国だった。

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※キャラのセリフはあくまでもキャラの想像として、正解のないものとしています。

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