羊の皮を被った悪魔(更新中:5話(仮))
01 貴族の受難
「せやからなぁ言うたってん、女に騙される男は半人前やーて。」
「なんやとォ!」
「てめぇも人のこと言えんのかあ?」
抑揚のある、しかもデリカシーのない一声で酒場はますます盛り上がりをみせる。
「いいぞいいぞ、もっとやれ!」
「はーいここにお腐れ男がいまーす!」
「だっはっは」
「てめぇら人の食事に唾を飛ばすな。おい店主!ここはいつもそうなのか!?てかうるせぇ!うるせぇしかねぇ!!なんとかしてくれ!」
「うーん残念やなぁ一見さん。今日は義賊どものワンプレートなんや。」
「よう言った店長!」
「文句あんなら出てけ出てけ!」
「なっ、」
「いよっ、さっすが○○随一のシェフ!あとで扇子送ったるわ!ハートつきでな!」
「お前のハートは毛まみれやろうがむさ苦しいわ!さがれさがれ!店長が汚れるわ!」
「あ”ァん?これでも心はジュンジョ―乙女なんやぞ?!見るか?ほらほら
「ぐわあああああああ!」
「あ、今ので傷ついたわ。なぐさめてっク」
「ちッ店長!葡萄酒お代わり!酔っ払いに絡まれるとこっちも呑まずにやってられんって。」
「やけ酒は出されへんわー。」
「そういえば隣町の荷物だがな、
洪水のごとく押し寄せるのはこの騒がしい声だけではない。
「え?は・・・・・、え?ぎ、賊・・・?」
「あんたもすましてんとさっさと飲んだら?つかドっから来たん、これもろていい?」
卵に伸びてきた手を瞬間的にはらい、頭を抱える。なまじ中間貴族が若気の至りとはいえ、まさか、まさかこんな目に遭うとは・・・なんて日だ、バスティアン・ガレイ!
来るんじゃなかった。
弱気なことなど吐いている場合ではない。逃げるようにして食事をあとにし、釣りももたぬままカウンターにコインを置いて出てきてしまった。
キィ、パタン。
もの寂しい木の扉の向こうから歓声が湧いてきて思わず赤面する。たまらなくなり、歩き出す。海岸沿いに佇む酒場。名も知らない酒場の夜は長いだろう。
02 悪霊に狙われやすい少年がいた
分かったのは、悪夢がはじまったということだけだ。
浅い地面を蹴散らしていく。息があがる。また”来た”。随分久しぶりに見なかったのに、なんで・・・
”ここはどこ。” ”誰か、助けて。”
そんな頼みすらとうに忘れている。
油断できない。
ソイツはすぐにでもほら、すぐそこの物陰から、屋台の裏から、人と人の間でさえも現れて、僕を追いかけて来る・・・!
叫びにもならない声を振り絞るようにして逃げる。ただ逃げる。
ー可哀想に、きっと魔物のせいよ。ほら、最近魔女狩りが・・・
ーお母さんはどうしたの、坊や?
ー君!早くお家に帰りなさい!
「どいて!」
蹴散らしていく。空が暮れかけている。寝不足にまたたいた瞼が夢に落ちそうになる。なんて日だ。こんなひどい日を僕はしらない。
祭りの最中、人の賑やかさとは裏腹な日常、
ドン
また人にぶつかる。
ーよかったら、私がキョウカイへ連れて行ってあげようか
・・・・・・・・ッ!??
「あ・・・・あぁぁあ”ああア”ア”・・・!!」
見上げた先にカボチャ頭が嗤う。
03 執事を探してー勘当された貴族
「勘当だ。出ていけ。」
朝も未明、父上から呼び出され部屋に通された。背筋に冷たい汗が走っていく。
「ち、父、
「お前に父親扱いされる所以はない!」
窓という窓が振動している気がした。後ろで使用人がこそこそと物音を立てている。裏からのぞいているのか。しかし、ついに、いや、やはりバレてしまっていたのだ。
ー少し散歩をしてくる。夕食はいらない。
そういって出かけて行ったあの日、昨日。世間体から離れ、羽目を外したかった。それだけにふらりと町まで出かけてしまった。
「昨夜のことを忘れたと、そう言うのか。」
重々しく開いたその口から断罪が下される。はじめて見上げれば、いつもの厳かな顔はかすかに歪み、うっすら赤みを帯びてすらいる。
「親が野放しにするとでも思ったか。わざわざ使いを走らせ、様子を見させたのだ。どこへ行ったか、「何をした」か。そこで何が起き、どう「行動した」のか・・・・・。お前は車を乗り継ぎわざわざ遠方の港町にまで赴き、あまつさえ”あの者ども”の出入りする店に入った。そしてやつらと親交を持った・・・。」
「誤解です!あれは、
「黙らっしゃい!」
ピシャリと響く。ざわざわと背後からざわめきがする、声がやまない。握りしめた手が震えたまま、止められない。
「お前にはそういうつもりがなくても、町の者はみな噂するぞ。お前は昨日、あの恰好のまま酒の匂いまで漂わせていただろう。あのあたりでも数少ない、場所も限られとる。よりによってみながよく知っておる例の店に、入っていった独りの若者、否、貴族。きっと関わりがあるに違いない、とな。
そうだ、あらぬ場所に踏み込んだ。お前だけでなく、それは我が家の恥。
・・・・・あの男も憐れなことよ。お前の勝手な行動のせいで尻拭いをさせられるとは。
この度の件、一人の執事も解雇されたのだ。」
「そんな――!」
「よく心得よ。荷物はもうまとめさせてある。バスティアン、お前はもう、家の者ではない。せいぜいそこに入っている金を元手にして下宿でも探し、下々の中で働け。それでお前がもし地に堕ちるようなことにでもなったら・・・・その時は、覚悟せよ。」
04 元○○の青年
午後2時。一人の青年が街の中を歩いている。
「・・・・・ん?大丈夫っスよ。こっちは伊達に用心棒やってるわけじゃありませんし?つか元カイゾクなんで(笑) え、嫌だなぁ傭兵ジョークってやつですよ。じゃそういうわけで。ええ。・・・・嘘だけど。」
最後の一文をひとりごちたのは勿論、電話を切ったあとである。
”賊を撲滅するための作戦。”それはかつての自分たちの立場への裏切りであり、しかし目的を果たすのには十分な内容であった。
「賊」、されど名称には限らない。相手が癒着と財政圧迫、裏金宝庫の国だったなんて日には・・・・・色んな意味で重症だ。
「腐ってりゃ賊。」
いうなればそれがスローガンのようなもので、かつてチームとしての士気でもあった。
息を吐けば冬も間近。まだやわらかな光が街路樹に注ぎ、まるで「別物」の世界のようで、思わず苦笑する。
皮肉にも自ら賊を名乗り、失ったものよりも得たもののほうが大きい。財宝は自由であり未知であり、仲間と過ごした日々であった。賊潰しのあとの財宝はみな金にして、一部は有る所から無い所へくれてやった。
あの時からたった数年しか経っていないのに、随分昔のことのように思えてならない。あの時から、あの裏切りから。
行きがけに店で適当なメニューを選んでテイクアウトする。時間まではまだ十分ある。洒落たことをするのも悪くはないが、ベンチに座り暇を潰そうと考えた。乾いた風が生暖かい。なぐさめにもなりやしない。
05 ティータイム
ガレージの外では愉しげに歌う鳥の声も、雨上がりの泥を撥ねていく車すら私をエスコートしているような気分になるわ。
ー聞いた?あの侯爵家の坊ちゃんが急に病に倒れたって!
ー物騒なことが多いわねえ。最近は協会※でも窃盗続きだっていうじゃない。
ーやだぁもう。魔女の呪いのせいよ。
ー滅多なことを言うもんじゃないよ、あんた。本人が聞いてたらどうすんのさ!
ふー・・・
吐息にダージリンを含ませる。その”本人像”とはまるで違うようだけど、元気にやってるかしら、うまく逃げられたかしら・・・そんなこともしらずに勝手なことを、だなんて今更よ。そう、今さら。
妄想になった時、現実は腐敗しはじめた
敵か味方か、味方か敵か
白か黒か、黒か白か
その時誰かが言った
灰色になれ
結果、みんなが
色を失った
闇をみる人の目も、あまり変わらない様。
うつろな目で見えるものは虚像、青空でさえ曇りガラスの眺め。
闇が闇たらんとするとき
光は満ちて光となる
永遠の夜はない
溺れるには深すぎる闇。まるで海ね、と水面をみつめてもカップには朧な光が落ちるばかり。月光よりも不透明で、不器用で華奢な温もりを手放せない。
閉ざされた夜は氷の牢獄。蝋燭、木の枝、しがない藁も持ち腐れてはなんにもならない。燃やせど燃やせど足りないのなら、注ぎ足す器が違ったのでしょう、なんて。
心には火を灯しましょう
闇に巣食う魔を祓うため
雨のなか風のなか嵐のさなか
喰らい喰らわれあう世界に
あなたが今日もよく生きて
よく眠れますように
ララバイ
よく眠れますように
冷たい足跡がきこえる。雨の音に包まれ、そっと紅茶のさざ波を立てる。
※フィクションのため、ここでは「協会」、その頂点を「マスター」としています。
写真は Dapur Melodiによる写真: https://www.pexels.com/ja-jp/photo/1109197/ から。
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