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服部文祥さんの新刊“生きるとはなにか生命とはなにかを探求する書評集”『You are what you read. あなたは読んだものに他ならない』の試し読みページ公開!

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発売となりました服部文祥さんの書評集『You are what you read. あなたは読んだものに他ならない』の第1節を大公開いたします!この本の他に探検記、山岳書、狩猟本はもちろん、サイエンス・ノンフィクションや人文書、小説など様々なジャンルの本とともに「生きるとはなにか」「生命とはなにか」を探求しております。

はじめに 一個一四円の卵から考える 食と読から作られる我

 ニワトリを飼っている。日中は庭に放し、エサは残飯。庭で虫や草を勝手に食べるものの、七羽もいる(最多時には十一羽いた)ので、家族の残飯だけではエサが足りず、農協から購入した配合飼料もやっている。
 はじめて配合飼料を手にしたとき、ふと「これはなんだ」と引っかかった。同じニワトリでも採卵用と食肉用でエサの内容は違い、ヒヨコか成鳥かによっても配合が違う。値段も様々。
 このエサはそもそも「楽しいニワトリ飼育」のためにあるのではない、と気がついた。養鶏場がたくさんのニワトリを効率よく飼うために存在するのだ。手軽で効率よくたくさんの卵を産ませるため、もしくは食肉用のニワトリを太らせるためにある。エサは飼育であれば楽しみのど真ん中だが、養鶏という仕事であれば、ど真ん中ゆえにドライでシビアなビジネスのど真ん中になるわけだ。
 この配合飼料の小売り値段が安いもので二〇キロ二〇〇〇円くらい。これを七羽がおおよそひと月半で食い尽くす。残飯や屑米など他に与えているものを加味すると、エサのランニングコストはおおよそ、ひと月二〇〇〇円と考えられる。
 飼っているニワトリはロード・アイランド・レッド(採卵食肉兼種)で、調子がいいと一羽が年間二八〇個の卵を産む。一日約〇・八個の計算になり、メスは六羽なので一日四・八個。ひと月で一四四個となる。飼料代二〇〇〇円を一四四個で割ると約一四円、これが我が家の卵一個のコストということになる。
 ときどき近所のスーパーの特売で目玉商品になる卵は、一〇個入り一パック一〇〇円。一個一〇円である。お一人様一パック限定なので、近所の友人は子どもまで動員して買いに行く。
 残飯と放し飼いを中心に、できるだけコストがかからないように飼っているつもりなのに、我が家では卵一個一四円のランニングコストがかかってしまう。
 おかしい。
 私はどうやらニワトリに贅沢をさせすぎている……とは考えなかった。もっとストレートにスーパーで売っている通常一パック一五〇円、特売日一パック一〇〇円の卵を疑った。いったいどんな配合飼料を食べさせればあんな値段で売れるのだろう?
 疑問を保留したまま、近所の大型スーパーマーケットに行った。買い物客の一人としてレジの順番を待つ自分が、配合飼料を持ってきた人間の周りに集まってくる我が家のニワトリと重なった。ああ、人間とニワトリってけっこう似ているなあと思ったそのときだった。
 もしかして自分が買い物カゴに入れているものも人間用の配合飼料なのではないのか? とドキッとした。あわてて食料棚を振り返った。お肉コーナーの肉類は途中に家畜というフィルターが入っているだけで元々は配合飼料に他ならない。野菜コーナーに救いを求めるように視線を移すが、化学肥料と農薬の世話になっていない野菜が見当たらない。鮮魚は? お願いだから養殖魚にまともなペレットを食べさせてあげてください。
 you are what you ate(あなたは食べたものに他ならない)という言い回しが英語圏にある。ニワトリの卵も、ニワトリの食べたものそのものだ。鹿を撃ってきて、雑肉や内臓を与えると、卵も美味いしくなる。そんな卵は、テレビCMのように黄身を箸で持ち上げることもできる。鹿の雑肉を食べさせたり、川の土手から雑草を取ってきたりするなどの手間ひまを経費として換算し、まともな配合飼料を食べさせたら、おそらく卵一個の値段は五〇円くらいになると思う。
 スーパーで売られている肉も卵も、もとをたどれば配合飼料である。配合飼料のもとは穀物や野菜だ(もしくは肉骨粉)。その配合飼料は安ければ安いほど、その原料は人工窒素で促成させた穀類や野菜か、遺伝子組み換えで効率を上げた穀類か野菜である。そうじゃなくてはつじつまが合わない。
同じものを安く買うのが「賢い」買い物だとされている。だが同じに見える卵も肉も、その中身は値段で全然違う。安いものを探し、「賢い」買い物をすることで、私は自分がとんでもない「間抜け」であることを証明しつづけていたわけだ。そんなちょっと考えれば当たり前のことを私は間抜けそうなニワトリに教わったらしい。
 本書の主題は、私のライフワークに影響を与えたり、資料として参照したりした「面白本」を紹介することである。私が憧れる世界観を上手に表現している愉快な作品や過去の探検記、パラダイムシフト的発見を報告するサイエンスノンフィクションなども取り上げる。
 私のライフワークは登山であり、その登山はサバイバル登山である。サバイバル登山とは食料や燃料を現地調達しながら、できるだけ現代装備や現代文明に頼らずに、長期間野生環境(山岳地帯)を旅する登山である。見た目は普通の登山と変わらない。夏は竿を持った沢登り、冬は猟銃を持った雪山登山だ。普通の登山との一番の違いは、現地で食料を調達し、さばいて、焚火で料理して、食べることである。食料の調達とは捕まえて殺すことだ。
山に生えている食べられるものを教えてくれたのは、いわゆる図鑑だった。食べられる山野草図鑑とキノコ図鑑。だが書籍で得た知識だけで、初体験の食べ物に挑むのは、ちょっとした度胸が必要だった。草やキノコより、どちらかといえば、動物性タンパク質のほうが不安はない。日本の山では、ヒキガエルの毒やイモリの毒以外は、口に入れて問題になるものはほぼないからだ。捕まえるときに毒ヘビに嚙み付かれないように気をつけるくらいである。
 食は極論すると慣れである。そういう意味では図鑑などの資料より、柳田国男の報告や、白土三平のマンガなどにちりばめられた、小さなエピソードに励まされることのほうが多かった。柳田の『遠野物語』には山にこもった女性が里に下りてきたとき、手に虫を持って、ぽりぽり食べていた、という記述がある。強敵との闘いで気配を消し我慢比べになったサスケは目の前に這ってきたカタツムリを食べる(我々は生食は避けたほうが無難)。昔の山行記、たとえば江戸時代の黒部奥山廻りの記録ではライチョウやウサギを捕って食べている。『風雪のビヴァーク』で有名な松濤明はヒキガエルを食べたと、山行記で当たり前のように書いている。『本多勝一はこんなものを食べてきた』は現代人の食に関する常識を壊してくれる。信州伊那は昆虫食の殿堂、そこで育った本多勝一の大好物は大トロでも餃子でもなくゴトウムシ(カミキリムシの幼虫)だったらしい。
 食べたものが自分自身を作る、と先に書いた。同時に私は、これまで読んできた書物からも作られている。山で飢え、ヤギのごとく紙を食べて……というわけではなく、読書で触れた世界が時に決定的に私の進む方向に影響し、エピソードが私の世界観を補強し、思いもしなかった考え方が私を救ってくれた。
 そういう意味で、I am what I read  私は読んできたものに他ならない。

1)史上最高の人類ナンセンの究極の旅『極北』を読む

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『極北 フラム号北極漂流記』
フリッチョフ・ナンセン著/加納一郎訳(中公文庫 BIBLIO)

 狩りでも、釣りでも、山菜採りでも、狩猟採集してそれを食べるという話を人前でしたあとには、聞き手の感想は「いただきますの意味を知った」もしくは「これからも食べ物への感謝を忘れずに……」と相場が決まっている。
 その手の感想は聞き飽きたと「殺し食い」をネタに文筆活動をしている内澤旬子さんと意見が一致したことがある。
 何かを食べることは後ろめたいことなのだろうか。食べ物に対する感謝や「いただきます」という言葉が免罪符のようになっているのはなぜなのだろう。
 すべての生き物が「生き続けたい(死にたくない)」という思いを持っている(ように見える)。「生きたい」と思っている動物の命を、自分が生き続けるために終わらせて食べる。それは自分の「生きたい」を優先させていることに他ならない。我ながらその自分の傲慢さに心が痛む。ならば少なくとも、自分のために死んだ命に感謝くらいしよう、ということで「いただきます」。
 やっぱりそれはそれでいいのかもしれない。
 話は変わるが、フリッチョフ・ナンセンは人類史上最高の人間である。世の中にそれが広く行き渡っていないのは、ナンセンの発想と行動力の規模が我々凡人とは違いすぎるからだ。一九世紀のおわりに、北極の凍り付いた海がゆっくり動いていることを証明しようと、頑丈な船(フラム号)を氷海に進入させて、凍り付いたまま四年間過ごすことにした。しかも密かに、凍り付いたまま北極点を通過しちゃおう、と目論んでいた。人類初の北極点到達である。
 氷海は予想通り動いていた。だが、しめしめとほくそ笑んでいられたのはほぼ一年。それまでの移動ルートから予測する進行方向は、大きく北極点から外れていた。ナンセンは船を離れて、北極点に向かって出発する(ちゃっかり犬やソリなどを用意していた)。
 船を離れたら船には戻れない。この一年で自分たちが証明したように、北極海は流動しているからだ。かまわずナンセンは船を離れ北極点を目指し、北極点にいちばん近づいた記録を樹立するものの、このまま進むと死ぬ、と判断して回れ右して、ユーラシア大陸へ向かう。南下するものの、自分たちがどこにいるのかわからなくなり、夏の間に帰れないと判断し、氷上の島で越冬することにした。シロクマを撃ち、セイウチを撃ち、凍り付いた斜面を掘って岩小屋を作り(広さは一坪ほど)、セイウチ牙の棟を掛け、皮で屋根を葺く。冬になり、太陽がまったくでない極夜の下、一日二〇時間眠り、セイウチの脂を燃やし、シロクマの肉を食べて春を待った。春になり再び南へ出発しようとしたとき、ナンセンの体重は増えていたという。そして越冬の報告はこう締めくくられる。
〈弾薬の予備はライフルの弾が一〇〇発と散弾が一一〇発あった。これだけあれば、まだ数回の冬に充分だ〉
 越冬が終わってなお、ノルウェーに帰り着くまでは、何度でも越冬する覚悟があったということだ。すごすぎる。北極圏を旅しながら、いろいろなものを自分でつくりだす。衣服や靴を毛皮から作る。イトを作ろうととっておいたセイウチの背中の腱をキツネに食べられて、怒り、すぐ次の瞬間にシロクマの足跡を見つけて、興奮しながら追いかける。シロクマと素手で戦う。満潮にさらわれて流されたカヌーを泳いでとりにいく。〈私がナイフを鞘から抜いてアザラシの喉に突き刺すと、血がドッとあふれだし、水面は遠くまで赤く染まった。素晴らしい食べ物になる血が、無駄になっていくのがとても残念だった〉と肉を得たことより、ブラッドプディングを失ったことを悔やむ。〈焼いた骨は苦労してすりつぶし、均質な細粉にして脂肪油と混ぜる。こんな苦労の末に作った(ソリ用の)ペイントはまるで使いものにならなかった〉。
 駆け出しの狩猟者だったころ、私は獲物が獲れなかった。狩猟技術(射撃や待ち伏せ、ストーキング)以上に「獲物との間合い」が狩猟行為のカギなのではないかと感じていた。ところが世の中には、その間合いを想像させてくれる、ケモノを撃ち殺す瞬間の情景を報告する文章が、ほとんどなかった。
 ナンセンがシロクマを撃って食っていたことを思い出し、昔読んだ極地探検の本を本棚から掘り出した。パラパラとめくって一枚の写真が目についた。「ホームシック」と題のついたフラム号探検の有名な写真だ。
 背の高いナンセンが氷上に座り込み、奥でフラム号が海に浮かんでいる。頑丈なフラム号を造って、五年分の食料と燃料を積み込み、北極海で氷漬けになって北極海を横断する。そんな巨大なスケールの探検を計画実践する探検家もホームシックになる。ナンセンも人の子であることを伝えるその微笑ましい写真をよく見ると……フラム号の甲板にホッキョクグマやアザラシの毛皮がところ狭しと干されていた。
「そんだけ殺して食ってホームシックかい!」
 狩猟の世界に入門したばかりだったが、狩猟者が命に対してドライであることには気がついていた。ケモノを殺すということは、毎度毎度「いつかは自分にも死ぬ番が来る」と確認することである。体験を重ねるほどに、猟師は自分の命を冷めた目で見るようになっていく。ナンセンも命にナイーブではない。鈍感でもない。命とは何かを知っているゆえの迫力にあふれている。私が山や獲物に求めているものも、たぶんそこにある。
 フラム号の北極圏横断の後半で、探検隊は久しぶりにシロクマを仕留めて食べる。
〈みんなはまた近いうちにクマ公があらわれてくれればいいと願いながら、腹いっぱい食べた〉
「いただきます」を超えた「いただきます」。「超いただきます」である。私もいつか、いただきますを超えたい。

【目次】

はじめに 一個一四円の卵から考える食と読から作られる我 11
史上最高の人類ナンセンの究極の旅『極北』を読む 16
『極北 フラム号北極漂流記』フリッチョフ・ナンセン著/加納一郎訳
現象はすべて命だデルスーを世に知らしめたアルセーニエフ 20
『デルスー・ウザーラ』アルセーニエフ著/長谷川四郎訳
攻撃の直前ヒグマは立ち上がるモンゴロイドよその隙をつけ 24
『秘境釣行記』『羆吼ゆる山』『アラシ』今野保著
究極のサバイバル道具は針とナベ無常機微機知シベリア抑留 28
『生きて帰ってきた男 ─ある日本兵の戦争と戦後』小熊英二著
悟りたいのは面白いから登りたいのも面白いから 32
『仏教思想のゼロポイント 「悟り」とは何か』魚川祐司著
野生獣食らうにふさわしいヤツなんていない切ないならばなぜ狩る 36
『老人と海』アーネスト・ヘミングウェイ著/小川高義訳
最悪はまだまし最期の報告は語る者なくメモと屍 40
『世界最悪の旅:悲運のスコット南極探検隊』 アプスレイ・チェリー・ガラード著/加納一郎訳
邦訳の読者は知らない驚愕の後日談「だれが裏切ったんだ?」 44
『凍える海 極寒を24ヶ月間生き抜いた男たち』 ヴァレリアン・アルバーノフ著/海津正彦訳
死んでいない状態それは生きている? 空を飛ぶもの山を行くもの 48
〈スカイ・クロラ〉シリーズ 森博嗣著
狙われる気持ち知りたい動物の感覚探る先で見るもの 52
『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』 テンプル・グランディン著/キャサリン・ジョンソン著/中尾ゆかり訳
来しかたを調べ行く末を描くもわからず終了試験落第 56
『私たちはどこから来て、どこへ行くのか 科学に「いのち」の根源を問う』 森達也著
いのちを知るために外から観察す視点アンディ何を見るのか 60
『アンドロイドは人間になれるか』石黒浩著
自分以外になぜかなれないこの世界命の起源哲学降参 64
『存在と時間 哲学探究1』永井均著
文明はしあわせですか生きていますかアマゾンの最奥地より 68
『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』 ダニエル・L・エヴェレット著/屋代通子訳
いつか来る終末世界タフで繊細私の銃もレバーアクション 72
『極北』マーセル・セロー著/村上春樹訳
よたよたと大地を離れた飛行機は登山者と似て野望を乗せて 76
『夜間飛行』『人間の土地』サン=テグジュペリ著/堀口大學訳
文無しになるまで自分を追い詰めて乗るマグロ漁船刺身特売 80
『漂流』角幡唯介著
情熱を失わないのが才能と羽生は言うけど藤井どうなの 84
『棋士という人生 傑作将棋アンソロジー』大崎善生編
時に食べ時に食べられぐるぐると命とはまわるディストピア考 88
『大きな鳥にさらわれないよう』川上弘美著
命懸け価値があるのかないのかは命懸けなきゃわからない斬る 92
〈ヴォイド・シェイパ〉シリーズ 森博嗣著
飲み過ぎて迎えた朝にうなだれてたどる記憶に似た人類史 96
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福 上』 ユヴァル・ノア・ハラリ著/柴田裕之訳
ベストセラー読んでいない人のためスーパーダイジェスト我らどこ行く 100
『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福 下』 ユヴァル・ノア・ハラリ著/柴田裕之訳
撃つ前は獲物を想い己を殺す猟師ケモノの夢を見るのか 104
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 フィリップ・K・ディック著/浅倉久志訳
かけがえのないはずの命消費してうねる世界で我は食うなり 108
『彼女は一人で歩くのか?』Wシリーズ 森博嗣著
生態系の向こうに行くか近未来 意志にはかたち嵩重さなし 112
『彼女は一人で歩くのか?』Wシリーズ 森博嗣著
人類をここまで導く好奇心 誰も死なない明日は明日か 116
『彼女は一人で歩くのか?』Wシリーズ 森博嗣著
アムンセン隊去ったあとのイヌイット青い目の子をつぎつぎと産む 120
『最後のヴァイキング ローアル・アムンセンの生涯』 スティーブン・R・バウン著/小林政子訳
読書感想文書きたくない娘 「本の雑誌」を敵として見る 124
『マヤの一生』椋鳩十著
アラスカ版デルスー、シドニー・ハンチントンその人生を表す題なし 128
『熱きアラスカ魂』 シドニー・ハンチントン著/ジム・リアデン編/和田穹男訳
体験は善も悪もなくそこにあるあの時の我いまどこにいる 132
『スローターハウス5』カート・ヴォネガット・ジュニア著/伊藤典夫訳
狩猟とはなにかド直球で問いただす狩りの言葉のSFラブコメ 136
『明日の狩りの詞の』石川博品著
天稟のすべてを出すのが犬の幸せリスク見積もる人にわからず 140
『犬物語』ジャック・ロンドン著/柴田元幸訳
ネタバレの心配がないネタがない でも面白い文字列の意義 144
『光の犬』松家仁之著
西部劇のように荒野を旅したい犬とライフルを相棒にして 148
『オンブレ』エルモア・レナード著/村上春樹訳
便利安全快適な今日予定調和でつまらない明日 152
『ブッチャーズ・クロッシング』ジョン・ウィリアムズ著/布施由紀子訳
最強のコマンチ族文明と戦って最後の族長数奇な運命 156
『史上最強のインディアン コマンチ族の興亡』S・C・グウィン著/森夏樹訳
戦慄の光景それは風景でなく情景である色即是空 160
『孤島の祈り』イザベル・オティシエ著/橘明美訳
入れ子式の夢を見ている夢を見る自ら死を待つ番になるとき 164
『休戦』プリーモ・レーヴィ著/竹山博央訳
年老いた少年レバーアクションを手にアメリカ南部文学を読む 168
『ねじれた文字、ねじれた路』 トム・フランクリン著/伏見威蕃訳
アラスカの森で独り脱化石燃料試すオッサン魂 172
『独りだけのウィルダーネス アラスカ・森の生活』 リチャード ・プローンネク著/サム・キース編/吉川竣二訳
アンディに地位を奪われ家畜と堕すデジタル未来をアナログで読む 176
『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』 ユヴァル・ノア・ハラリ著/柴田裕之訳
死にたくはないけどいつか死ぬいいえゆっくり死んで戻る生前? 180
『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義』 シェリー・ケーガン著/柴田裕之訳
水垢離息止め鍛える代謝免疫いま健康は辛く厳しい 184
『サバイバルボディー 人類の失われた身体能力を取り戻す』 スコット・カーニー著/小林由香利訳
唯一無二の人生映す発想はそのまま人格避けて進めず 188
『NORTH 北へ アパラチアン・トレイルを踏破して見つけた僕の道』 スコット・ジュレク著/栗木さつき訳
〝ただ生きる〞ために殺す必然性開拓時代の老猟師手記 192
『ヒグマとの戦い ある老狩人の手記』西村武重著
末端の物資生活人員が映す敗戦兵の惨状 196
『日本軍兵士 ─アジア・太平洋戦争の現実』吉田裕著
獲物になったり戻ったり猟師的視野新人類学 200
『ソウル・ハンターズ シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学』 レーン・ウィラースレフ著/奥野克巳、近藤祉秋、古川不可知訳
感じない機械に世界はあるのだろうか五蘊皆空とブッダ言うけど 204
『人工知能はなぜ椅子に座れないのか情報化社会における「知」と「生命」』松田雄馬著
まだ死ねない現生人類に科せられた幸福な報い介護と看取り 208
『死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者』小堀鷗一郎著
食肉は迷宮にありひも解いてケモノと共に影と闘う 212
『いのちへの礼儀 国家・資本・家族の変容と動物たち』生田武志著
生まれ出ていままで生きてきたなかで一番きれいな約束だから 216
『流砂』ヘニング・マンケル著/柳沢由実子訳
自己矛盾感じ己を否定するとき スタンドバイミーハニーハンター 220
『HONEY HUNTERS OF NEPAL』Eric Valli, Diane Summers著
命とは流動系のひとつのかたち特別でなく物理法則 224
『流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則』 エイドリアン・ベジャン、J・ペダー・ゼイン著/柴田裕之訳
意識ある存在であるこの奇跡「いつか消える」と必ずいっしょ 228
『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って』高村友也著北海道無銭二ヶ月旅のあと十二国を二ヶ月旅す 232
『図南の翼』小野不由美著
名犬であれと信じて旅をした 駄人駄犬と気づかないまま 236
『ヒト、犬に会う 言葉と論理の始原へ』島泰三著
外界はそのまま己鍛えて登れ世界とフェアに向き合う命 240
『ザ・プッシュ ヨセミテ エル・キャピタンに懸けたクライマーの軌跡』 トミー・コールドウェル著/堀内瑛司訳
セイウチに父を殺されエスキモー少年皮嚙み雪原をゆく 244
『北のはてのイービク』 ピーパルク・フロイゲン著/野村泫訳
給料の代わりにもらった銃を手に森に入った猟師リア充 248
『俺のアラスカ 伝説の〝日本人トラッパー〟が語る狩猟生活』伊藤精一著
あとがきにかえて  私と山岳書 252

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