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虚勢

 最近、バーナード・マラマッドの「ある夏の読書」という短篇を一読した。
 本作の主人公は、20歳近くの無職の若者・ジョージ。16歳で学校を中退後、職探しがうまくいかず、家族からの小遣いでその日暮らしをしている。
 ある夏の日、幼い頃からの顔馴染みであるカッタンザーラさんに、一つ虚勢を張ってしまう。それは、ある図書館のリストに並んだ百冊もの本を、夏の間に一冊ずつ読み進めていく、というものだった。
 読書の習慣を持たないジョージの、この宣言は、カッタンザーラさんを感動せしめた。そこから彼は、ジョージに次のような提案をする。

「「何冊か読み終わったら、それをネタに二人でいろいろしゃべってもいいな」カッタンザーラさんは言った。
 「終わったらね」ジョージが言った。」
バーナード・マラマッド著、阿部公彦訳『魔法の樽 他十二篇』岩波文庫、P250)

 カッタンザーラさんと約束はしたものの、もともと本を読まないジョージの、夏の読書は捗らない。
 気づけば、進捗を訊ねられてはかなわない、との理由から、カッタンザーラさんを避けるようになる。会ったとしても、夏の読書の件は話題に出さなかった。
 ある夜、道中で偶然、ジョージとカッタンザーラさんは顔を合わせる。そこで訊ねられたのは、例の一件だった。

「「ジョージ」彼が言った。「リストの本で、夏の間に読んだのを一冊でいいからあげてみな、そうしたら乾杯してやる」
 「乾杯なんかしてほしくありませんよ」
 「一冊あげてみろ。そうしたら質問するから。もしいい本なら、オレが自分で読みたいと思うかもしれないじゃないか」
 表向きは体裁を保っているはずだったが、内側はぼろぼろだった。
 答えようがなくて彼は目を閉じたが、その目を開けるとーー何年もの月日がたったように感じられたのだがーーカッタンザーラさんはこちらに情けをかけて、いなくなっていた。ただ、耳には彼が立ち去り際に残した言葉がまだ残っていた。「ジョージ、オレみたいになるなよ」」
バーナード・マラマッド著、阿部公彦訳『魔法の樽 他十二篇』岩波文庫、P256〜257)

 一連のやりとりを目にしたとき、「20歳手前にもなって、こんな嘘はつかない」とジョージを嘲笑することは、案外容易でない、と感じる自分がいた。
 大学進学が、それまでの生き方・考え方を改める大きなきっかけの一つになった身としては、ちょっとした進路の変更で、ジョージのような人生を送っていた可能性は十分ある。私も16、17歳ぐらいまで、まともに本を読んでいなかったから、大学進学さえなければ、現在にいたるまで本とは無縁の生活を送っていたことだろう。

 今のところ、この人生に特段の不満はないが、将来も同様の気持ちでいられるかは分からない。



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