犬の耳
古本読書の醍醐味の一つは、前の読者の痕跡に触れられる点にある。
線引き一つ取っても、ここだ!という一文にだけ線が引かれている場合もあれば、無闇矢鱈に引きすぎて、どの箇所を重要だと思ったのか判別できなくなっているケースもある。
ページの隙間に書かれたメモも多種多様で、「その通り!」から「賛同できない」まで、前の読者の意見に触れられるのは面白い。
書き込みの内容を見て、「やっぱりこの部分に線を引くよな」と思えたときは、自分の読後感がそれほど的外れではないことの確認にもなる。「この箇所は重要ではないだろう……」と思うこともあるが、その線引き自体が目障りだと思うことは少ない。
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一方、許容できない「前の読者の痕跡」もある。それは、古本に見られるものではなく、図書館の貸し出し本に見られるものだ。
以前、ある図書に目を通しているとき、数ページおきに上隅が折られていることに気がついた。最初、何かの弾みで折れてしまったのかなと、偶然事として捉えたのだが、ある一ページを見て、考えが変わった。そのページも上隅が折られていたが、中では線引きとメモが躊躇なくなされていた。「意識的に折ったんだな……」と気づくと、怒りが沸く。「やるならせめて、自分の本でやれよ」。こういう「前の読者の痕跡」は耐えがたい。
こういう小さな出来事も、意外と後を引くようで、一時期、古本であっても、上隅が折られているのを見ると嫌な気分になった。いつもの癖で図書館の本にも……そんな偏見が頭から離れてくれない。
ある日、たまたま手に取った『本にまつわる世界のことば』という本に、「Dog-ear」という言葉が紹介されていた。私が本稿で幾度も言及している「ページの上隅を折る」行為に、なんともユーモラスな英単語があてられているのだ。
本書には、「Dog-ear」という言葉から着想を得た、翻訳家・藤井光によるショートストーリーも掲載されている。折角なので、次に引いてみたい。
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「Dog-ear」という言葉を知ってからは、ページの上隅が折られていても、(それが図書館の本でなければ!)苛つきを覚えることはなくなった。やはり、愛らしい名前がつけられると、それだけで名付けられたものの見え方は変わってしまうようだ。
『本にまつわる世界のことば』には、「Dog-ear」の他にも、様々な本にまつわる言葉が紹介されている(例:ラ・ド・ビブリオテーク[フランス語]⇨「本の虫」の意味。直訳では「図書館のネズミ」)。
シンプルに面白いので、ぜひ手に取ってみてほしい。
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