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京都人

本ノ猪

 ここ数年、ずっと心に引っかかっている言葉がある。
 それは「京都人」という言葉だ。

 よく「京都に住んでいます」と言うと、「京都の人は〇〇なんでしょ?」と質問されることがある。〇〇には、大抵マイナスな言葉が入る。ときには、件の質問の「京都の人」の中に、私が含まれている場合さえある。「京都の人はパン好きが多いみたいですが、〇〇さんもですか?」といった感じで。

 自己認識では、私は「京都在住者」ではあっても、「京都人(京都の人)」ではない。明確な定義は知らないので、「京都生まれ、京都育ち」が「京都人」なのでは? とぼんやり考えてはいる。


 「京都人」の定義が知りたいならば、京都にまつわる本を読めばいい。そう思い立って、書店に足を運ぶと、想像以上の京都本の多さに驚かされた。
 ことに京都の書店では、それが顕著で、私の通う大型書店では、京都本コーナーだけで10個以上の棚が使用されている。売上ベストコーナーでも京都本は常連で、いつも見るたびに「京都に住む人は、京都が大好きなんだな」と思う。

 いくつかの京都本を手に取って気づいたことは、「京都人とは〜」といった形で、明確に定義してくれている本は見当たらないということだ。一方、「京都人は〇〇である」という形で、「京都人(京都の人)」という言葉は当然のように使われている。

 とはいえ、本の記述から要素を抽出して、「京都人」の定義を導き出すことは可能である。今回は、二冊の本を取り上げて、「京都人」のおおまかな定義を考えてみたい。


 一冊目に参照するのは、ここ数年に刊行された中で、最も読まれた京都本だと言える、井上章一の『京都ぎらい』(朝日新書)である。私が「京都の人って〇〇なんでしょ?」と訊ねられるとき、大抵この本が種本になっているので、あまり良い印象は持っていないが、一読者としては楽しく読んだ。
 本書の中で、「京都人」の特徴を語った箇所としては、次に引く文章が象徴的である。

「私が京都人をなじりたく思うのは、私に差別意識をうえつけた点である。彼らは、嵯峨をはじめとする洛外を、田舎だ僻地だとあざけった。そして私に、洛中が中心となる地理上の序列意識を、すりこんでいる。おかげで、私は亀岡や城陽を見下す、おろかな人間になってしまった。京都的な差別連鎖のはしっこに、いつのまにかすえつけられたのである。」
井上章一『京都ぎらい』朝日新書、P43)

 ここから仮に、「京都人」の定義を抽出するとすれば、「京都人とは"洛中が中心となる地理上の序列意識"を内面化している人」と言えるだろうか。
 この定義に照らせば、私は「京都人ではない!」と胸を張って宣言することができる。京都の地名さえ覚束ない私に、洛中洛外の区別などできるはずがないからだ。


 二冊目に取り上げるのは、2022年10月に刊行された、佐藤洋一郎『京都の食文化』(中公新書)である。
 本書は、様々な「京都人」像(例:京都人はパン好き)を紹介するとともに、それが実際のところどうなのかまで記述が及んでいて、大変面白い。

 本書中では、「京都生まれ、京都育ち」が「京都人」の大体の定義として示されているが、話はそこで終わらない。

「昔と違って、いまでは人の動きもはるかに活発である。いまの京都市民のなかに、京都生まれの人、または長く京都に住んでいる人たちは決して多くない。それにもかかわらず、京都人気質はそれほど変わっていないようにも見受けられる。そこが文化のおもしろいところだろうと思う。いま京都に住んでいるというだけの「よそもの」であっても、たとえば京都の正月の雑煮が白味噌仕立てであると知れば一度くらいは食べてみたいと思うだろう。」「小中学校では給食にも出されることがある。子どもたちは地域の食文化になじんでゆく。このようにして、白味噌仕立ての雑煮はいまに残っているし、これからも残ってゆくだろう。それが京の食文化であり、そこに住まう人びと、たとえば京都では京都人なのだろう。生粋の京都人がいつも目の前にいるわけではないが、京都に住んでいる人の心のなかには京都人気質が生き続けているのである。その気質のことをここでは京都人と呼ぶことにしよう。」
佐藤洋一郎『京都の食文化』中公新書、P60)

 佐藤洋一郎は、京都生まれでなくても、京都に住み、京都の食や文化に親しんでいくことによって、次第に「京都人気質」は育まれていくと主張する。井上章一の定義と比べると、佐藤のそれは、大変ポジティブなものとして示されている。
 こう見ると、ひとえに「京都人」と言っても、そこには著者の好悪や価値観が、多分に含まれていることが分かる。


 「京都人」について一通り考えてみて気づいたことは、京都に住み始めてから現在にいたるまでの、自身の心境の変化である。私は年を経るごとに、着実に、京都への愛着を深めている。
 今後私が京都に住み続け、仮に「京都人気質」を内面化していくとすれば、"洛中が中心となる地理上の序列意識"を除いた、できるだけポジティブな要素だけを取り入れていきたい。……むずかしいだろうか。



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