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後姿

本ノ猪

 数年前、広島の方から上京してきたばかりの十代の友人から、「新書って、デザインがダサいですよね」と言われたことがあった。

 彼は高校時代まで、本を読む習慣が微塵もなかったようで、大学入学後は心機一転、読書に専念する、と口にしていた。その過程で、新刊書店の新書コーナーに足を運んだところ、あまりにも新書のデザインが画一化されている点が引っかかり、「正直、手に取る気にならなかったです」のだという。

 私は「え? そのデザインの統一感がいいのでは?」と内心では思いつつ、まあ、好き嫌いの問題だしな、と心を落ち着けようとする。ただこのままでは、デザインが原因で、新書そのものを積極的に読む機会が失われてしまうかもしれない、とも思い、打開策はないかと頭をめぐらす。するとすぐに、一つの新書レーベルが頭に浮かんだ。
 さっそくそれを友人に見せるために、私は彼を"ある場所"へと連れていくことにした。

 "ある場所"とは、ブックオフの新書コーナーである。
 目的の物を棚から取り出し、友人の前に示すと、「……こんな新書ありましたっけ?」という反応が返ってきた。
 示したのは、旧デザインの講談社現代新書。カバーはクリーム色で統一されているが、そこで展開されるカラー図版は、本の内容に合わせて一冊一冊異なる。まさに、統一感と個性を併せ持った新書。
 この新書が新刊書店の棚に並ぶことはないので、友人が知らないのは当然である。どんな評価が下るかなと顔色を伺っていると、「……いい感じですね、読んでみます」と言って、実際に購入する本を探し始めた。
 作戦成功である。

 講談社現代新書の旧デザインを手掛けたのは、グラフィックデザイナーの杉浦康平。1971年から2004年まで、1700冊余のデザインを担当した。
 杉浦が関わった書籍は、それを目の前にするだけで、彼の作品であると分かるほど、個性的である。我が家にも、『宇宙を呑む』(講談社)『宇宙を叩く』(工作舎)の二冊があり、ともにタイトルに「宇宙」を含んでいるが、まさに杉浦の作品は、一つの「宇宙」を書籍の形で現出せしめた感がある。
 そこから、杉浦の書籍製作には、一貫して一つの「世界観」が展開されているのを見てとることができるだろう。

 一つ、書籍から発言を引用し、杉浦の「世界観」の一端を確認してみたい。

「iPadでも何でも、電子書籍の光る画面をひっくり返してその裏側を見ると、じつに貧しい「裏」なんですね。味も素っ気もない裏面です。本でも衣裳でもひっくり返せば裏がある。本には裏表紙があり、物体として完結している。人間には前姿があれば後姿もあり、江戸の女性は後姿だけで男を魅了した。電子書籍には「前姿」しかない。」
杉浦康平『本が湧きだす』工作舎、P222)

 紙の書籍と電子書籍の違いを、「後姿」の有無に見ている。電子書籍には「片面しかない」が、紙の書籍には裏表紙があり、物として完結している。そしてそれを、両手で持ち、たしかな重みを感じることができる。
 杉浦の手掛けた書籍に、ある種の「宇宙」や「世界観」を感じることができるのは、それが一つの物体として完結している点は大きい。
 電子書籍も紙の書籍も、本文が伝える情報に差異はない。が、書籍という物自体がメッセージを帯びている場合、電子書籍という媒体はそれを捨象してしまうことになる。

 「宇宙」や「世界観」といった大仰なものでなくても、例えば冒頭で取り上げた友人の例が示すように、書籍のデザイン一つで、人を読書に向かわせることもできる。
 物体としての書籍は、それだけ奥深いのだ。



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