2022年良かった本
今回はベスト5まで順位をつけた。
1位『ミルクマン』
文体が優れた作品であり、見えない暴力を肌感覚で描いた作品。
70年代のベルファスト(のように見える)を舞台に、ある女の子が武装組織の幹部の男に付け狙われて……という話。
実は翻訳以前から評判を聞いていたので、原語で挑戦したものの歯が立たなかった作品である。
翻訳は、原語の分かりにくさを継承しつつ、読みやすくなっておりプロはすごいと感心した。
分かりにくさの原因の一つは、舞台となる場所や登場人物の名前が固有名詞で記されないところにある。
「MB(Maybe Boyfriend)」「毒盛りガール」「三番目の義兄」などが人名として使用される。
この分かりにくさによって、作中の混沌として陰鬱な状況に入り込んだかのように錯覚させるのだ。
主人公は「ミルクマン」(武装組織の大物幹部)にストーカーされていることをきっかけに(?)、コミュニティで腫物扱いされ、ついには……というのが大筋である。
(?)がついているのは、作中人物によって見方が違うからである。
彼女は何も信じられなくなるが、共同体から排斥されることは確かに感じられる、という絶望感。
主人公の視点で読む読者も全くの五里霧中、迷宮に誘われる。
ミルクマンから受けるのは、証拠が取れない、見えないプレッシャーのような嫌がらせであるため、主人公はうまく他者に被害を訴えられない。
そもそも主人公は近所で評判の少し変わったティーンの少女であると自認しているのと、家族にわかってもらえないという諦めによって、家族に相談することもできない。
そして警察や公的機関に通報することなど御法度の共同体で生きているため、主人公もそう信じている。
一人で困惑し、誰にも理解されないと思い詰めていく。
通りを隔ててこちらとあちらに分断された町の、どこにも行けない絶望と息苦しさが延々と描写され、読むのにかなりのエネルギーが必要となる。
しかし最後、読者は変化のきざしや世界へと繋がる輝きを見ることとなる。
程度は異なるが、私は主人公の状況に共感を覚えた。
ここで文体のトリックが効く。
これはベルファストではなく、私の生まれた土地の物語でもある。
どこにでもありえる、抑圧と暴力の中に生きねばならない人を描いている。
話の内容と文体が絡み合って、得難い読書体験となった。
ぜひ読んでいただきたい。
2位『「暴力」から読み解く現代世界』
暴力を横軸に、世界各地の現状を歴史やジェンダーや社会運動などの視座から説明する入門書。
小説ではないが、各論者が必死に現状を伝えようという思いを感じられ、胸をつかれた。
ミャンマーの論を読みたくて買ったが、他の論も読み応えがあった。
客観視しすぎているようで少し気まずいが、こういう言い方をさせてほしい。
ブクログに感想を書いたものを以下に転載する。
3位『線』
古処誠二の作品を少しずつ読んでいるが、夏頃に一冊ずつ読むような超スローペースになっている。
絶版本をなんとか読みたい。
全集にしませんか、どこかの出版社さん。
ブクログの文章をいかに転載する。
戦争中に行われた非道は、戦争だけが原因ではない。
元々社会に存在していた暴力が、戦争によって顕在化したのである。
古処誠二は戦場を舞台に、人間の持つ醜い感情や思考が顕になる瞬間を描くことができる作家だ。
昨今の状況を鑑みると、歴史を軽んじていないかと自省する思いに駆られたので、この順位とした。
古処誠二の筆致には「学ぶ」という傲慢さ(他人事として見ること)はなく、反戦のメッセージも声高になく(これは物凄いことだ)、戦場の泥の中から社会の不平等さや歪さを見つめている。
そして、社会の歪みは現代でも変わっていないことを読者は気づくのだ。
もしも今、戦争が起きたらどうなるか、想像するのも悪くないのではないか。
『アンフィニッシュト』のラストの朝香さんのセリフ「私は死なないが君は死ぬ」の世界が近づいているような現状である。
4位『昏き目の暗殺者』
同じ作者の『誓願』と悩んだ。
12部の終わり「女が本当に目を覚ましたのは、この時だ。」のカタルシスに震えたのでこちらを選出することとした。
作中作と作中、そして読者のいる現実が融合するような仕掛けが素晴らしい。
読むのに2年ほどかかっている。
上巻前半にかなり手こずった。
陰気な老女が惨めな生活をしながら、孫へ回想録を残す。
そして、1970年代のファンタジーのようなエログロありの作中作。
これらの結びつきと老女の正体が見えてくると、読むのが止められなくなる。
アトウッドが若かりしころの作品とのこと。
『誓願』と似たモチーフを見られた。
『ザリガニの鳴くところ』と近いところがある。
これらの中でも、お話のおもしろさ、構造の美しさから、この作品は頭抜けている。
5位『脱北航路』
読了直後の感想は別noteに書いた。
この作品に出てくるヒーローたちは、自らが納得して生きていくために行動を起こす。
そこが共感でき胸にせまるところがあった。
テーマは怒りの共有
今回はベスト5まで順位をつけた。
振り返ると、「怒りの共有」がテーマと言えそうだ。
怒りとは、自分の望みや考えと、自分の力では如何ともし難い環境との段差が大きい時に抱く感情だと思う。
自分の持つ憤りを他者に訴えようと粘り強く試み、エンタメ性がある作品が特に印象に残った。
作者が持つ問題意識の表出方法が、私の嗜好に合致したものを選んだ、とも言い換えられる。
社会への怒りや環境への怒りを昇華してエンタメとすることは、より多くの人にリーチさせ、連帯を促したり、ある問題へ読者への目を向けさせる力が大きくなると信じている。
そういう意思を持って作品を作る人を応援したいという思いもある。
文学は社会への関わりの存否が出来不出来に直結はしないが、私の最近の興味関心からこのような姿勢となった。
ここで、脚本家の渡辺あやさんの言葉に感銘を受けたので引用する。
その他の面白かった作品
『ベルリンに堕ちる闇』と『ポリス・アット・ザ・ステーション』
戦争中と内紛中の、人の生死が軽くなっている状況下の殺人事件の捜査という共通点がある。
主人公は警察官であるから、こういう状況では警察官とは何かと自問する姿や、人を救うものになりたいという切実な思いがひときわ輝く。
ショーン・ダフィシリーズはどれも良い。
ベルファスト繋がりでミルクマンを補完できる。
『チベット旅行記』もよかった。
『レイストリン戦記』も完結した。
ドラゴンの出現前後で戦争のやり方が随分変わったのだと感慨深い。
右往左往して苦労するレイストリンやキティアラにもしみじみしてしまう。
戦闘後の侘び寂びはこのシリーズならではの読み味。
新作も翻訳してほしいと角川にアンケートを送った。
年末に読んだ『Thisコミュニケーション』(漫画)最高におもしろかった。
次巻も楽しみだ。
現在読んでいる『英国人青年の抑留日記』もおすすめしたい。
実はまだ読み切っていないからランキング外だが、来年は入っているだろう。
金沢21世紀美術館でミヤギフトシの映像作品「How Many Nights」を観て、第二次世界大戦中に日本にも「敵国人」がいたということに気付かされた。
その後、出羽仁のエッセイが新聞に掲載されたのを読んだ。
この人のお父さんが、抑留された英国籍のシドであり、『英国人青年の抑留日記』を書いたのだ。
英日交互に書かれた日記を訳して編集したご家族の努力を感じた。
寄稿文やその他も含めて全文英日併記されている。
今戦争を起こしたら、敵となる日本国内の外国籍何万人も抑留するのだろうか。
そうしたら一次二次産業は立ち行かなくなり、飢える日本国籍人が大量に出るだろう。
そんなヒリヒリした危機感を感じつつ、ゆっくり読み進めている。
「怪盗クイーン」シリーズを一気読みした。
森博嗣の「S &M」「V」シリーズも読んでいる。
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