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夏を食べる

喫茶店で本を読みたい。そう思って、今月の密かな目標としていた「隣市のコメダ珈琲に一人で運転して行く」を決行することにした。

わたしの地元にはいわゆるカフェチェーンはなく、隣市のコメダ珈琲(家から車で片道約三十分)がひとつ、あとはサービスエリアにスタバとミスドがあるのみで、ちょっとリフレッシュでも、とはなかなかいかない。個人経営のカフェや喫茶店の数は多いが、観光客向けの空間と化しているところが多く、こちらもなかなか足が向かない。

三十分と少しかけて、店に辿りついた。駐車に少々手こずる。場所を変えてなんとか真っ直ぐ停めることができた。駐車場を少し歩いただけで、じりじりと太陽に焼かれる。

二人掛けの席に座り、注文を待っている間に、図書館で借りたよしもとばななの「もしもし下北沢」を読む。喫茶店の喧騒が心地よく、心なしかページをめくるスピードがいつもより早く感じる。本を読みつつ、聞こえてくる会話にも耳を傾ける。人の雑談を聞けるのも、喫茶店の醍醐味だ。

「結構大きいんですけど、レギュラーでよろしいですか?」「機械が一つしかないので、順番にお持ちしますね。もしあんまり大きかったら、残り二つはミニに変更もできますので~」と、一人一つかき氷を注文したと見受けられるおばさま三人組に確認する店員さんの声がした。結局どうしたのかは聞こえなかったが、コメダの巨大なかき氷は空調の効いた店内では寒いだろう、と勝手に心配した。

そうこうしていると、クリームコーヒーとシロノワールが届いた。シロノワールはミニにしたが、そんなことより、クリームコーヒーにもシロノワールにももりもりとソフトクリームが乗っかっている。なにも考えず、食べたいものを選んだらこうなった。らしい。急に、随分とはしゃいだテーブルになった。でも、かなり夏でいいなと思った。わたしは今日、夏を食べました。

アイスが溶け切らないうちにシロノワールを食べ、クリームコーヒーの方は本を読みながらゆっくり飲んだ。ソフトクリームがだんだんと溶けて味が変わっていく。ゆっくり飲んで正解だった。

帰りも同じ道、海沿いを走って帰った。地元に戻ってからの数か月、不自由だと感じることばかりだった。ひとり暮らしを辞め、どたばたと地元に戻り、知り合いにもほとんど自分の現状は伝えず、ただひたすら家で勉強する。自分で選んだことの結果が今だから、誰のせいでもないが、でもやっぱり地元には不自由さがあり、カフェも喫茶店も、映画館もライブハウスも、わたしの好きな場所はことごとくない。そもそも地元が好きではなかったのもあって、どこまでも空っぽな場所で、自分も空っぽになっていくような感覚がある。

でも海沿いの道は、少しだけ好きかもしれないと、思い始めている。うねうねと曲がりながらも、地元のかたちをくっきりとなぞっていくようで、そこが空っぽでもなんでも、かたちだけでも好きだと思えたら、少しは気持ちが落ち着くのかもしれない。それで、そこら中に張り巡らされた不自由が、少し解けるといい。

海沿いを三十分かけてコメダ珈琲に行き、本を読む。これをわたしは自由と呼ぶことにする。不自由のなかに、自由をひとつ見つけた。次はソフトクリームをひとつにするのを忘れない。


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