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ビートルズは大衆操作のために生み出された

ビートルズはタヴィストック研究所によって大衆洗脳の目的で作られた、という話が「タヴィストック洗脳研究所」(ジョン・コールマン著)に載っているが、それよりさらに詳しい話が「300人委員会」(ジョン・コールマン著)に載っているのでご紹介する。

『■文化災害「ビートルズ」を生んだカルト魔人アドルノ

 変化を受け入れさせるための「社会調節剤」の際立った使用例は、ビートルズの「出現」であったことは間違いない。アメリカに出現したビートルズは社会実験の1つであり、大衆社会を気付かぬうちに洗脳にさらしたのだ。

 タヴィストックがアメリカにビートルズをもたらしたとき、ビートルズの行くところ誰も想像できなかったほどの文化災害がついて回ったのだ。ビートルズは水瓶座の陰謀の重要な一部で、「人間イメージの変革」から飛び出した、生命を持つ起爆剤であった。

 実は「ビートルズ現象」は、古い社会制度への若者の自発的反抗などではなかったのである。それは舞台裏に潜む陰謀者によって周到に仕組まれたものであった。ビートルズは、その意思に反して変革を仕組まれたターゲット・グループに入り込むための、破壊的、分裂的要因であった。

 タヴィストックが用意した新しい造語や新しいフレーズが、ビートルズとともにアメリカにもたらされた。サウンドに関連した「ロック」や「ティーンエイジャー」、「クール」、「ディスカバード(発見した)」、「ポップミュージック」といった言葉は、ドラッグの容認を裏に込めた用語であった。(中略)

 ギャングの場合もそうだが、メディア、特に電波メディアの協力なくしては何も達成できなかったであろう。(中略)

 マスコミの過剰な報道のおかげで、リバプールから来たこの不良たちや、それに続く「純正音律」を破壊した、12音技法的無調「音楽」は人々から注目されることになったのである。12音技法による無調音楽形式はアーノルド・シェーンベルクが、それを推進して有名になったものだ。実はこの無調音楽形式とは、テオドール・アドルノによってディオニュソス・カルト集団やバール神祭祀音楽をもとに再構築された、重く強い反復的な音を基礎にした音楽形式なのだ。(中略)そしてビートルズの初期の曲と歌詞を作ったのは、このテオドール・アドルノだという事実は大衆にはまったく知らされなかった。

 このテオドール・アドルノは「ディオニュソス・カルト」の音楽実験のため、ヒトラーによってドイツから追放された人物だ。(中略)

 「ビートルズ(Beatles)」という名前が選ばれたのは、現代のロックと古代エジプトのカルト宗教とのつながりを示すためだった。古代エジプトのイシス教団は、その宗教的シンボルであるスカラベ、つまりフンコロガシとして知られる甲虫(Beatle)を神聖視していたのである。

 タヴィストック人間関係研究所が編成したビートルズに続き、次々と新たなロック・グループが現れ、ビートルズ同様、アドルノがカルトな詩と曲を提供した。

■ロックとドラッグ・プロジェクトが若者を「分裂と不適応」にハメる

(前略)ビートルズは「ニュータイプ」というタヴィストック用語を具体化したもので、たちまちグループは流行の服、ヘアースタイル、言葉づかい、といった新しいスタイルをアメリカの若者に押しつけ、狙い通り古い世代を当惑させた。これはウィリス・ハーモンと彼の社会科学の研究チーム、遺伝子工学のいじくり屋が考案し、実行した「分裂と不適応過程」である。

 印刷や電波メディアの役割は、大グループの洗脳に欠かすことができない。1966年、ロスアンジェルスのギャングの抗争は、メディアが取り上げるのをやめると同時に終わった。(中略)メディアが注目しなくなると、最終的にまた他のものに取って代わられるのだ。

 タヴィストックとSCR(スタンフォード・リサーチ・センター)は300人委員会の委任によって、第二現象を生み出す作業に乗り出した。(中略)ビートルズがアメリカに上陸するとすかさず、社会を分断し、分裂させるよう仕組まれた誘発語である、「ビート・ジェネレーション」なる言葉が上陸した。するとメディアは今度は「ビート・ジェネレーション」に焦点を当てた。ほかにもタヴィストックがこしらえた言葉がどこからともなくあふれ出した。「ビートニクス」、「ヒッピー」、ヒッピーの一種の「フラワーチルドレン」がアメリカの語彙に加わった。ドロップアウトして、汚れたジーンズをはき、長い洗っていない髪のまま歩き回るのが流行した。(中略)

  できたての「音楽」グループと「ライフスタイル」は、何百万ものアメリカの若者を破壊的カルトへと導いた。(中略)みんなスイスの製薬会社サンドが都合よく提供する乾燥大麻、つまりマリファナやLSD25といった、あらゆる種類のドラッグが引き起こす現象に「不適応反応」を示したのだ。(中略)300人委員会はこのドラッグ・プロジェクトに、その系列銀行、S・C・ウォーバーグ銀行を通して資金を提供し、このドラッグはオルダス・ハックスリーによってアメリカに持ち込まれた。

 この新たな「特効薬」は、すぐさま「試供品」サイズのパッケージにしてアメリカ中の大学のキャンパスや「ロック」コンサートで無料で配られ、これらの場がドラッグの使用を急増させる主要な拠点となった。(中略)

 あまりに多くの新しいイギリスの「ロック」バンドがアメリカに上陸し、ロック・コンサートはアメリカの若者の年中行事となった。こうした「コンサート」とともにドラッグの使用が増えていった。不協和音の重いビートを伴う悪魔のような大騒ぎによって聞き手の神経を麻痺させ、「みんなもやってるんだから」、と簡単に口説かれて新しいドラッグに手を出すという仕組みなのである。』


引用は以上である。

  確かに言われてみれば、ビートルズの初期の曲は、「Please Please Me」「She Loves You」 「I Want Hold Your Hand」「Help」「Love Me Do」妙に耳に残る独特のメロディーを持つものばかりだ。

  アルバム「マジカル・ミステリー・ツアー」の曲は、LSDの使用により遭遇したイメージを基に書かれた曲であり、ビートルズが若者にドラッグを蔓延させるきっかけとなったことは事実であろう。

  中学生の時に初めて聞いたビートルズの曲が「Let It Be」で、メロディーの美しさに衝撃を受け、「これは宇宙に漂う普遍的なメロディーを拾ってきたものだ」と直感し、そこからビートルズに興味を持ったが、初期の曲に関しては全く「美しい」と感じなかったし、なぜ世界中で多くの若者が失神するほどまでに熱狂するのか分からずにいた。

それがこの本に書いてあることを読んで「なるほど!」と腑に落ちた。

最初は、支配者たちに利用されることで世に出て、世界的なスターとなったが、実はジョン・レノンは世の中の仕組みに子どもの頃から気付いていたという。
ジョン・レノンは、やがて支配者による支配から世の中の人々を救い出すべく、歌でそのことを表現するようになったが、以下のインタビューで語っている通りに、消されることとなってしまった。

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