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この愛の物語が、中国の歴史の一部を証言する

Vol 60

先日、中国の中元節と日本のお盆の時期に、亡くなった家族を偲ぶことに関する中国と日本の文化の違いについて書きました。

その中で、ある日本人女性の亡き恋人を偲びながら生涯を過ごしたことに簡単に触れました。
中国メディアプラットフォームの「百家号」に,この文章(中国語)とAI自動製作の動画2種類をアップしました。
映像:日本人这样祭奠亡灵 (baidu.com)
文章:日本人这样祭奠亡灵 (baidu.com)
一応言っておきますが、動画はAIに任せたもので,映像中に出てきた女性は内容の人物と関係ありません。

この日中の間に生きている人と亡くなった人との恋愛物語はかつて中国のメディアに多く取り上げられました。インターネット上でたくさんの情報があったため、その女性の名前「溝脇千年」で中国の「百度」で検索してみました。すると、関連記事がいくつか表示されました。

百度百科
恋人の絶筆(手紙のさいごのページ)

「百度百科事典」にも 沟胁千年_百度百科 (baidu.com) この物語を詳しく書かれていました(中国語のみ)。内容的には、武漢テレビが制作したドキュメンタリーといくつかの武漢メディアの報道がベースになっているはずです。細部については正確さに欠ける部分もありますが、基本的には事実のままです。

誰もが生きていれば、物語があり、この世を去ると、しばらくして忘れられてしまいます。偉人や有名人を除けば、誰の人生も他人から見れば取るに足らない塵芥であることは避けられません。

幸いなことに、インターネットが普及した現在、人々は、故人がかつてどのように生きっていたのかを多かれ少なかれネット上で見ることができます。

溝脇千年さんは生きていた時代にインターネットに触れませんでしたが、メディアは彼女の物語をネット上に残し、善良的な人によって百度の百科事典に書かれ、彼女の物語は長く語り継がれることになりました。

溝脇千年さん

この写真は、彼女が78歳のときに私や他の中国人たちと撮った集合写真の一部を切り取ったものです。彼女はその8年後に亡くなりました。 これが彼女を偲ぶ遺影になるとは、想像もできませんでした。

溝脇千年の物語は、中国に滞在し、中国の解放戦争と建国初期に貢献した10万人以上の日本人がいたとという歴史の証です。中国でも日本でも、この歴史がメディアで取り上げられることはほとんどなく、関係者の記憶の中にしか残っていません。
これらの人々のほとんどが他界しているため、起こったことの歴史的事実は忘れ去られてしまいます。

中国開放軍人である四人の日本人女性 左 溝脇千年さん

幸い、溝脇さんのそばにいることができたので、私はこのあまり知られていない歴史的事実について少し学びました。

本文の中国語バージョン


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